トランプ氏就任演説 価値観の混乱を象徴する(1月24日付)
米国のトランプ新大統領は、就任演説で「アメリカ第一主義」を旗印に掲げ、多くの新政策を断定的に打ち出し、「力強さ」を印象付けた。不法移民の滞在を認めないのはまだしも、高い関税をかける、化石燃料利用を促進しパリ協定から離脱する、WHOから脱退する、メキシコ湾をアメリカ湾と呼ぶ、などは国際的には受け入れ難い「自己中心主義」と受け取られても仕方がないところだ。
聴衆はスタンディングオベーションで応じたが、立ち上がらなかった人々もかなりいた。米国内では多くの人が多様な人々の存在の軽視や、性的マイノリティーへの差別を恐れるなど、分断を増幅している。そこで宗教が悪用されている。国外に対しては強硬な政策を掲げ、気候変動対策への後ろ向きの姿勢や国連関係機関への非協力など、国際協調の点からも問題が多く、大国のエゴイズムに世界各地から怒りが示されている。
20世紀半ばから民主主義のけん引者と見なされてきた米国に、このような大統領が登場した。世界の多くの人々には衝撃だろう。第2次世界大戦後、民主主義が広まっていくことに希望を見るのが世界世論の大勢だった。全体主義や共産主義、開発途上国の独裁者が民主主義を脅かすが、資本主義的な経済で豊かさを得た先進国こそがそのような脅威を抑え、あるいは取り除く方向に努めている――第2次世界大戦から1980年代頃まではこのような歴史観を受け入れている人が多かった。「民主主義」と「科学文明」と人類の進歩が一致するように見えていた。冷戦の終結はこうした歴史観の妥当性を確証するように見えた。
ところが、90年代以降の世界政治の展開は、民主主義の拡充による平和や基本的人権の拡充、人道的な秩序の増大という期待を裏切った。もはや民主主義が平和と繁栄をもたらすとは見えない。これは政治的価値観の大きな変動を引き起こし、良き社会とは何かが分からなくなってきている。国際秩序の基盤となる国際機関からの米国の脱退は、まさにそうした価値観の混乱を示すものだろう。
平和と繁栄と民主主義を信じてきたはずの近代文明が崩れ落ちようとしている。価値観の基礎の問い直しが必要だ。宗教は世界の諸文明の価値観の基礎を形作る上で大きな役割を果たした。ところが現代は、宗教を悪用する政治指導者が目立つ。価値観の混乱の時代にこそ、宗教が道を指し示し、人類的価値の基盤を明らかにしていくべき時代である。宗教が自らを問い直し、新たな人類社会の価値観の再構築に貢献すべきである。