国家安全保障 国益と宗教の自由(1月15日付)
米のトランプ次期大統領がデンマーク王国の一部であるグリーンランドを買収するという考えを表明したことが波紋を呼んでいる。アラスカ買収など過去の例を挙げて解説されても「いま何を言い出すのか」という印象は否めない。背景に中国進出への対抗、ロシアに対する防衛戦略があるとされる。グリーンランド領有は米国の国家安全保障つまり国益上必要というわけだ。中国、ロシアと同じ大国主義の土俵上の話である。
「国家安全保障」は、日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収計画で、バイデン大統領が阻止命令を出した理由に挙げられた。なぜ国家安全保障上の懸念があるのか、石破茂総理が異議を唱えたのは当然だが、権力者が持ち出した国益を撤回させるのは難しい。
最近、国家安全保障が問題になった例として、ウクライナにおけるモスクワ系ウクライナ正教会(UOC-MP)の活動禁止法がある。ロシアは宗教の自由弾圧だ、と国連で問題提起し攻撃した。
ウクライナ政府は、UOC-MPが侵略を正当化する「ロシア世界(ルースキー・ミール)」のイデオロギーを布教するなど、国家安全保障上の脅威があることを法的規制の理由とした。しかし国連人権高等弁務官事務所は「市民的および政治的権利に関する国際規約」などで「宗教の自由」の厳しい規制の根拠として国家安全保障は含まれていないと警告した。
侵略初期段階からゼレンスキー大統領はロシア正教がハイブリッド戦争の道具だと抗議していたが、UOC-MP規制法については西側の反発を配慮して慎重だった。これに対し、ハイブリッド戦を仕掛けたロシア側からすれば「宗教の自由」侵害の主張は有効な武器になる。それを国連は示した。
「宗教の自由」護持を外交上重視する米国は世界各国の「宗教の自由」状況を年次報告書にまとめ、自由を抑圧する国をリストアップし、外交的圧力や経済的制裁を与えることもある。危うい人権状況を放置するのは建国の理念、国家安全保障上の問題にもつながる。ただ米国流のバイアスがかかった「宗教の自由」であり、国益の面を無視はできない。
本紙にとって、憲法が保障する「信教の自由」と「政教分離」は取材活動と報道の根底に押さえておくべき理念だ。しかし特に法律との関係において、必ずしも揺るがない盤石の基準を有するわけではない。ウクライナの例や、我が国の「カルト問題」などを考えるならば「信教の自由」に関する言説に慎重な判断を示すのは宗教専門紙としての責任だろう。