いのちの電話⑥ 一人ではできなくても希望を
毎日昼前が「まちなかキッチン」の仕事のヤマ場だ。奥の厨房では黒ポロシャツにヘアキャップ、エプロン姿のスタッフたちが天ぷらを揚げ、魚を焼くなど手早く調理しては野菜を添えて容器に詰める作業に忙しい。この日のメニューはメンチカツや南蛮漬け。「そっちのフライ、急いで」「今日はご飯上出来やね」と声を掛け合う。表のカウンターでは3人が届いた注文伝票を整理し、かかってくる新たな注文の電話に「はい、毎度ありがとうございます!」と明るく応対する。
5人が共同生活から“卒業”し、アパート暮らしで完全自立。それを含めてスタッフ十数人全員が元自死念慮者だが、思いはそれぞれに異なる。なぜ死のうとしたかや、その時の気持ちを尋ねると「人間関係で」「生きることに意味を感じなくなった」「経済的理由」から「恐怖と虚無感」「絶望的な無常感」との答えが返った。悩んだ際に「友人はいても相談できなかった」「誰にも理解されなかった」「ありきたりな答えしかなかった」との苦悩も吐き出される。孤立して「ずっととても寂しくて」白浜へ死の旅に赴き、三段壁から電話して「初めて『助けてください』と言えました」と話す人もいた。
共同生活を通じて死を思いとどまったことについては「生活が変わって良かった」「この場があるからもう少し辛抱できるかなと思う」「精神的、体力的にまだまだやっていけると思えた」と言う人がいる半面、ある男性は「死ねなかったから生にしがみ付いているのかも。前は死ぬ理由を探していただけなのかもしれない」と複雑な心境を打ち明けた。世話をする藤藪庸一牧師へは、一人の女性が「明るく精力的に人に尽くしている姿を見ていると、何とかなりそうに思える」との思いを話した。
親子関係が理由で自死を志した80代女性は「どう考えても行き詰まりで先がなかった。びくびくと怖い思いをしながら生きるのはやめて楽になりたい、全てを終わりにしたいという気持ちでした」と苦悩を振り返る。キッチンで働いていて「皆がそれぞれに悩みを抱え、耐えながら懸命に生きているのを見て私も頑張ろうと思います。皆さん思いやりがあって優しい」と言いながら「これからどうすればいいのか不安はいっぱいです」とも正直に口にした。
別の40代男性は「自分は変わっていない。命がとても大事だとはずっと思わない気がする、自信を持てない限り」と言いながらも「行事で子供らと接するようになり、死のうと考えることはなくなった」。一方で50代女性は「今日、することがあるので、今日生きていられる」と話し、ある男性は「何も変わらない日常でも、ぶざまでも生きることです」とうなずく。
藤藪牧師は「うちへ来た人は皆、頑張った人たちです。頑張って頑張って頑張って、疲れ果てて死を考えた。でも自分と向き合って変えないと壁は打ち破れない」と語る。共同生活から一度自立したもののうまくいかず、貯金を使い果たして破綻した男性がいた。連帯保証人になっていた藤藪牧師が事情を聞くと、生活がいいかげんで健康保険にも入らず家賃も払えなくなっていた。「そんなことでどうする! 早く私たちに相談すべきだろう」ときつく叱る。
涙を浮かべる男性は、牧師と将来を見据えた生活設計を一から話し合う中で再起を誓った。「一人ではできなくても希望を示す、そういう隣人に私はなりたいのです」
(北村敏泰)