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いのちの電話④ 誰もが暮らせる小さな社会

共同生活での皆一緒の夕食は楽しみの一つだ(画像を一部修整しています) 共同生活での皆一緒の夕食は楽しみの一つだ(画像を一部修整しています)

「いのちの電話」で自死を思いとどまった人は、ほかの仲間や藤藪庸一牧師と共同生活する中で人間関係を再構築し、あるいは社会生活に向け自分を見つめ直す。だが、ある面で自らを変える必要があるその生活は、彼らにとって決して甘く生易しいものではなく、それは牧師にとってもだ。

教会と隣接の家を含めて最大26人が暮らし、朝は5時半に起きて掃除とミーティング、夕食は必ず皆でだんらんする。多くの人が、生活安定のために牧師が近くに設けた「まちなかキッチン」という弁当屋で働く。「声を出して挨拶する」など「生活の心得」があって全員にそれを守る誓約書を書いてもらう。

「厳しいようですが、自立するためには『ここが駄目だ』とはっきり指摘し、場合によってはそれまでの生き方や価値観を否定されることも覚悟してもらう。そうしなければ死を考えた時と同じようにまた行き詰まるからです」。もちろん保護した直後からではないが、長い人で何カ月も続く共同生活は当人には「ここでやり直そう」と決意できるまでの学びの場なのだ。部屋に閉じこもってごろごろしていたのが外へ出、人と話したり新聞を読んだり。でも皆と食事の時には悲しみは見せない。「仕事してみようかな」と言い出せば上向きのサインだ。

しかし人間である以上、「ほっといてくれ」などと生活態度などを巡って牧師と激論になったり、同居者とあつれきが生じたりすることはよくある。「この恩は忘れません。言い付けを聞きます」とすぐ言う人に限ってうまくいかない、と藤藪牧師は打ち明ける。表面的で感情の起伏が激しい。むしろ完全に落ち込んだ人の方が回復しやすいという。

四国から来た48歳の男性は三段壁で朝になっても説得に応じず、牧師は諦めて「また電話して」と帰るしかなかった。4日目にようやく電話があり、教会へ。幼い頃に親に捨てられ、世話になった家もいざこざで飛び出した。大阪で仕事の事故で片目を失明し料理人をしていたが、故あって自死を考えた。牧師宅で食事作りをしながら白浜での仕事探しを続ける。だが極度の人間嫌いもあって、どこにも就職が決まらない。

35件目に落ちた時、さすがに藤藪牧師も励ましようがなかったが、男性は自ら口に出した。「前向いて、次も行くしかないですね」。男性は家族というものに不信感を持っていたが、「ここへ来て初めて家族の味を知った」と言う。教会の「神は愛なり」の額に、「あの言葉に救われた」とキリスト教に興味を示し、後に受洗した。

共同生活の規則で金銭の管理は厳格だ。当初は牧師が全員の生活費を負担していたがすぐに限界になり、NPOを設立して寄付を募る一方で、1日400円と食費を決めて居住者がキッチンなどで働いた給料から支出する形にした。しかも給料はまず全額を牧師が預かり、毎月1万円を「小遣い」として渡す。「金は最大の誘惑、挫折の元」だから。実際に銀行から引き出して酒やギャンブルに使い果たす人もいたので現金でプールして本人に示し、「今後何かあっても困らないよう、100万円は貯金してもらいたい」と。こうした“セーフティーネット”で何人もが定職に就き、アパート暮らしをするまでに自立できた。「明確な理念を掲げて共同生活を始めたわけではありませんが、結果として誰もが暮らせる小さな社会をつくっていたのですね」

(北村敏泰)

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