米作りの祭事 日本の原点を考える(3月21日付)
「令和の米騒動」と呼ばれた昨夏以来の米価高騰を受けて、政府はようやく備蓄米の放出に踏み切った。しかし、縄文時代の終わりに伝わったとされる稲作技術の普及で米を主食とする生活を続ける我が国の脆弱な農業政策を立て直さなければ、国際情勢の悪化や気候変動で、いつまた米不足が深刻化するか分からない。農業経済学を専門とする鈴木宣弘氏は「米を増産して備蓄を増やすことは安全保障のために必要な政策」と警鐘を鳴らす(2025年1月31日付毎日新聞)。米一粒を大切にした戦時下の米不足とは違った意味で「米の大切さ」を教える現代の食育が求められるのではないか。
全国2300社の住吉神社の総本社である大阪市住吉区の住吉大社は、6月14日に「御田植神事」で賑わう。第一本宮で奉告祭を行った後、行列を整えて「御田」へ向かい、植女から替植女に早苗が渡され田植えが始まる。舞台では神楽女8人による「八乙女舞」や風流武者行事、子どもたちによる「田植踊」と続き、最後の「住吉踊」の頃には田植えも終わりとなる。格式を守って続けられるこの行事は国の重要無形民俗文化財に指定されており、穀物の実りを祈願する神聖な祭事として地域の人々に親しまれている。
稲穂の実る頃には御田に特別な風景が見られる。人間だけでなく様々な動物やキャラクターを模した色鮮やかな案山子が立ち並ぶ。「日本の原風景を取り戻したい」と住吉大社が13年度から食育プログラムとして始めた「住吉かかしプロジェクト」の案山子で、近隣の小学校や幼稚園の子どもたちが作っている。苗を幼稚園や小学校に配って育ててもらい、授業で稲についても学んでいるという。田んぼにはカエルやドジョウ、ゲンゴロウ、タニシなどたくさんの生き物がいる。土の中に眠る卵や有機物が水や自然のエネルギーで活性化し繁殖する様子を観察できるよう、田んぼの土を「生物飼育セット」として子どもたちに分ける試みも行っている。
土作りに始まる米作りの体験は、自然についての学びとなる。生態系の仕組みや生命の循環、多様な生き物の活動を知ることは、環境保護の大切さや食べることへの感謝の気持ちを育てることにもつながる。我が国の米の自給率はほぼ100%といわれるが、食料全体の自給率はカロリーベースで38%、生産額ベースで61%(農林水産省、23年度)という状況だ。住吉大社の取り組みは、記紀の時代から「豊葦原の瑞穂の国」と呼ばれてきた日本の国造りの原点を考えさせる。