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広島の被爆イチョウを訪ねて ライシテと平和の願い

東京大教授 伊達聖伸氏

時事評論2024年10月30日 09時52分

今年のノーベル平和賞が、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)に決まった。ロシア・ウクライナ戦争と中東における紛争で、核兵器が使われる危機があるなかでの受賞である。

偶然だが、私は10月最初の週末に広島で開催された日本ケベック学会に参加するため、モントリオールの姉妹都市でもあるこの街をおよそ四半世紀ぶりに訪れていた。ライシテをテーマとする大会の合間を縫って、ケベックからの招聘研究者と広島出身の若手研究者とともに広島平和記念資料館を見学した。原爆で灰塵に帰した街の写真は、私の脳裏ではガザの惨状を伝える映像と重なった。

広島滞在中にはイチョウも見に出かけた。数年前、「講談社現代ビジネス」にライシテの記事を書いた際、原爆を生き延びたイチョウに言及したことがあり、次に広島に行く機会があれば、この目で見たいと思っていたのである。近年のフランスでは、葉に切れ込みがあるのを政治と宗教の分離に見立てて、イチョウがライシテの木として公立校などに植えられている。保水力が高く火に強いことから、抵抗力を象徴する木でもあるらしい。木造建築への延焼を防ぐため、日本では街路樹のほか、神社仏閣に定番の木なので、むしろライシテの概念から遠ざかるように思える点が興味深い。

大川悦生『ひろしま原爆の木たち』を片手に、報専坊(浄土真宗本願寺派)を訪ねた。爆心地から1㌔㍍少々の寺の本堂は爆風で一瞬のうちに倒壊したというが、イチョウの木は今も同じ場所で生き続けており、再建された本堂の階段がそれを抱き抱える格好になっている。

安楽寺(浄土真宗本願寺派)の被爆イチョウも見た。爆心地から2160㍍のこの寺も三方火の手に囲まれたが、この木のおかげで本堂は焼けなかったという。そもそも現在の広島には築80年以上の建物はほとんどないのだとも思い至った。

縮景園も訪れた。池では亀が優雅に泳いでいたが、原爆投下直後は被災者たちの遺体が数多く浮かんでいたという。イチョウは爆風のために傾きながらも生命力旺盛で、種は海外に贈られて平和を訴えているという。

ライシテ研究を通して平和についても考えることができないか。たしかにライシテは宗教に対して好戦的な面を持っているし、膨張志向の帝国主義や一部の人びとを差別する植民地主義の負の遺産を清算しきれずにいる。しかし、フランスの政教分離法制定の立役者アリスティッド・ブリアンは、カトリック教会との闘争ではなく和解を望んだ。戦間期には協調外交に努め、第一次世界大戦の戦勝国とドイツとの和解を実現させたロカルノ条約の功績により、1926年にノーベル平和賞を受賞した。28年にはアメリカのフランク・ケロッグと協力して、戦争を違法化するパリ不戦条約を成立させた。

ケベックのライシテは、ある意味ではフランスとは対照的に、宗教との対決よりも協調によって育まれてきた。多様性を承認し、制度的な調停をはかるライシテの精神の再活性化は、平和の思想と願いにも通じるものだろう。

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