融和の回復へ 「同じ人間」として生きる(3月5日付)
不法移民の強制送還や関税引き上げを他国との取引カードに使うなどの強硬策を矢継ぎ早に打ち出し、また戦後構築されてきた国際的な合意形成の枠組みを打ち破るかに見えるトランプ米大統領に世界は翻弄されている。急激な政策転換で米国内にも混乱が広がっている。欧州では右派勢力の台頭が既存の政治情勢を不安定化させ、我が国は知事選や衆議院選でSNSや「ユーチューブ」などのネット情報を利用する若者や無党派層の動向に注目が集まった。第2次世界大戦後の東西冷戦からグローバル化を経て、分断の内攻化が進むかに見える現代世界を読み解くキーワード、あるいは社会の分裂と対立をもたらした要因は何なのかを巡る議論が続いている。
AI社会の到来や資本主義の限界、あるいは民主主義の危機が叫ばれる時代状況は、文明史の大きな転換を示すものだろう。その意味を解き明かす議論の中で、米政治哲学者でコロンビア大教授のマーク・リラ氏は「今日の米国は、文化的に互いを認めない二つの『カースト』が存在する国になりつつある」と指摘し、アメリカ社会の上下分断と、民主主義に必要な多様性を包括的に受け入れる「包摂」の危機に警鐘を鳴らしている(2025年1月9日付「朝日新聞」インタビュー)。
互いに分かれ争うことをやめない限り連邦は瓦解し国家は倒れると訴えたのは米国のリンカーン第16代大統領である。リンカーンはスプリングフィールドにおける共和党州大会での演説で、聖書のマルコ福音書の一節を引用して「国や家が内部で分かれ争えば立ち行かない」と述べ、奴隷制度の拡大によって国内が争い分裂するのをやめて融和を回復する道を求めるよう強く促した。
カーストと見なされるほど分断が進んだ原因は、国民が人種・民族・ジェンダーなど特定の属性や集団の利益を主張して互いの差異を強調するあまり「同じ人間である」という共通認識を見失ったからだというのがリラ氏の分析である。これとは対照的に、1950~60年代にキング牧師が主導して黒人の基本的人権を求めた公民権運動には、一切の生命が家族のようにつながり合っていることを認める「愛」の自覚があった。
人種差別をなくすための「自由への歩み」は、黒人だけの解放を求める運動ではなく「人種間の融和を妨げる物質的な障害物を打ち壊そうとする」行動だった。宗教は互いに同じ人間として助け合って生きるところから始まる。その認識に立ち返り、分断ではなく融和を回復する道を求めたい。