滋賀浄青の近江米一升運動 ― 地域社会つくる宗教(2/2ページ)
佛教大社会学部准教授 大谷栄一氏
この成功を踏まえ、翌2010年度からは、滋賀教区浄土宗青年会(滋賀浄青)の新規事業「近江米一升運動」として、滋賀教区全体で取り組むことになった。10年秋には2・8トンの浄米が集まり、フードバンク関西、ひとさじの会、サンタナ学園(滋賀県内のブラジル人学校)に寄付された。同年、米一升運動は滋賀教区を超えて広がる。東北ブロック浄土宗青年会で「東北米一升運動」が実施され、東北各地に浄米や食糧などが届けられた。
2011年3月11日、近江米一升運動に転機が訪れる。東日本大震災の発生である。震災発生の翌日、東京のフードバンク団体(セカンドハーベスト・ジャパン)から、被災地への食糧支援の協力要請がきた。曽田ら滋賀浄青役員は同日、「緊急近江米一升運動」を立ち上げ、募金運動と米一升運動による被災地支援活動に着手。半月で7・3トンの浄米と数多の食糧が集まり、フードバンク団体を通じて被災地に届けられた。
以後、毎年、滋賀浄青の僧侶たちが直接、被災地を訪れ、浄米を被災者に手渡しており、生活困窮者支援と被災地支援の両立により、近江米一升運動は継続されている。また、2012年に浄土宗大分教区、佐賀教区、13年に熊本教区でも実施、米一升運動はさらなる広がりを見せている。
近江米一升運動は地域性豊かな活動である。その背景には、滋賀県が米どころであること、講のような伝統的な信仰が熱心であること、浄土宗滋賀教区所属の寺院同士、寺と檀家の間に密接なつながりのあることが曽田によって指摘されている。米一升運動がこうした寺院同士、寺と檀家の関係性をさらに強める効果をもたらしていると推測できる。いわば、「地域社会をつくる宗教」としての役割を一定程度、発揮しているといえよう。ただし、地域内の他の宗教施設、他宗派の寺院や檀家以外の地域住民がこの活動に関わることができるかどうか、それが今後の試金石となるであろう。
さらに、近江米一升運動が「地域社会をつくる宗教」になり得るかどうかのポイントとして、行政や市民との協働の問題がある。2000年代半ば以降、行政と市民の協働によるガバナンス(共治、協治)の実現が強調されている。それは、国家・自治体が国民の最低限の生活を保障するナショナルミニマムを切り詰め、生活保障を民間に委ねながら、地域再編を図ろうとする「新しい公共」の政策理念に典型的に表れている。しかし、地域ガバナンスを、宗教者を含めた市民がより積極的にコミュニティー政策に関与する機会と捉えることができないか。そのことが宗教者、宗教施設と行政、市民団体との協働の可能性を開くことになるのではないか。すでに近江米一升運動はフードバンク関西というNPO団体と協働し、諸地域の貧困問題の改善に対してコミットしている。また、こうした営み自体が宗教者の社会活動の新しい方向性を示唆している。
くわえて、各地への広がりや被災地支援活動など、滋賀という地域社会を超えて米一升運動が展開していることにも注目されたい。地域社会内のつながりをつくるのみならず、滋賀と被災地をつなぐ役割も果たしているのである。ただし、そのつながりが一方的ではないかどうか、檀家と被災者との関わりはどうかなど、検証すべき課題も多い。
日本社会はすでに人口減少社会に突入。今後、宗教者や宗教施設に求められているのは、地域社会をつくるとともに、地域社会をつなぐ役割なのではなかろうか。