滋賀浄青の近江米一升運動 ― 地域社会つくる宗教(1/2ページ)
佛教大社会学部准教授 大谷栄一氏
昨年(2014年)11月21日、突如、安倍晋三首相は衆議院を解散し、総選挙を実施したことは記憶に新しい。しかし、同じ日に地方創生法が参議院本会議で与党の賛成多数によって可決、成立したことを知っている人は少ないのではないか。衆議院解散のドタバタ劇にすっかりと隠れてしまい、新聞等のマスメディアでの扱いもきわめて小さかった。
この法律は、地方の人口減少対策のため、人材の確保や就業機会の創出などを謳った「まち・ひと・しごと創生法」と、地域支援策の申請窓口一元化のための改正地域再生法からなる。はたして、こうした地方創生の基本理念の中に、宗教者や宗教施設の存在は想定されているのだろうか。おそらく想定されていないのだろう。
よく言われることだが、国内のコンビニエンスストアの店舗数5万1千余(一般社団法人日本フランチャイズチェーン協会調べ、2014年10月現在)に対して、日本の仏教寺院は7万7千余、神社は8万5千余(『宗教年鑑』平成25年版)を数え、大きくその数を上回る。檀家関係、氏子関係を通じて地域社会に根差した活動をしてきたのが、日本の伝統的な宗教施設である。しかし、地域の過疎化や少子高齢化が急速に進む中、寺院や神社も喫緊の課題としてその対応を迫られている。社会的な注目度は低いかもしれないが、「地域社会と宗教」の関係は、地域社会の創生や再生を考える時、きわめて大きな意味を持つ。
以前、私は研究仲間たちと『地域社会をつくる宗教』(共編著、明石書店、2012年)という論文集を刊行。神社、寺院、在日コリアン寺院、過疎地域の寺院、大阪の支縁のまちネットワーク、沖縄のキリスト教系NPO団体、ボランティア、集合墓、宗教のインターネット活用、Soul in釜ヶ崎、支縁のまち羽曳野希望館、ひとさじの会を取り上げ、バラエティーに富んだ「地域社会をつくる宗教」の活動を紹介した。
ここでいう「地域社会をつくる宗教」とは、地域社会のつながり(関係性、共同性)を新たにつくり出したり、結び直したりするための宗教者や宗教団体、宗教施設、宗教系のボランティアやNPO団体とその活動を意味する。たとえば、本書で渡辺順一(金光教羽曳野教会長、支縁のまち羽曳野希望館代表)は、こう指摘する。「それぞれの宗教施設がある地域社会こそが、宗教者が自らのミッションとして取り組むべき社会イノベーションの現場なのだ」「排除型の地域社会を、『支え合いのまち』に変えていくための拠点になること。そのことが、地域密着型宗教のミッションなのではないだろうか」、と。今後、地域に生きる宗教者や宗教施設はこうしたミッションを実現できるのか、そのことが問われている。
ここで、現在、私が調査に取り組んでいる滋賀教区浄土宗青年会の近江米一升運動のことを紹介したい。この活動については、すでに磯村健太郎『ルポ仏教、貧困・自殺に挑む』(岩波書店、2011年)で「フードバンク寺院」の試みとして紹介されている。また、この活動の発起人である曽田俊弘(滋賀県甲賀市の浄福寺住職、浄土宗総合研究所嘱託研究員)による「活動報告 『米一升運動』について」(『仏教福祉』15号、2013年)にも詳しい。
曽田によれば、近江米一升運動とは浄土宗滋賀教区所属寺院から1カ寺当たり1升(1・5キロ)以上の仏供米のお下がりの喜捨を募り、集まった浄米を生活困窮者に食糧支援を行っているNPO法人や慈善団体に寄贈・委託することで、現代の貧困問題改善の一助たらんとする活動である。すなわち、滋賀県内の浄土宗寺院とその檀信徒たちによる生活困窮者への食糧支援の社会活動である。滋賀県は米どころであり、法要や法事の際には檀家が菩提寺の本尊前に米を供える習慣があり、その有効活用を思いついたのである。現在、滋賀教区所属の浄土宗寺院は470余を数え、昨年秋には5・21トンの浄米が集まったという。
もともと活動は、2009年末、浄土宗滋賀教区の下部組織・甲賀組の浄土宗青年会の事業「甲賀米一升運動」として始まった。甲賀組は曽田が住職を務める浄福寺が所属し、滋賀県南部の甲賀市と湖南市内の133カ寺からなる。これらの寺院に協力を呼びかけたところ、年明けには1カ寺平均2升以上に相当する460キロの浄米と100キロの食糧が集まった。それらは、NPO団体のフードバンク関西とひとさじの会に寄付された。