イスラームの結婚とは ― 信仰の実践上、重要な徳目(1/2ページ)
日本学術振興会特別研究員 塩崎悠輝氏
現代では、結婚という制度は世界中に普遍的なものとなったようにも見えますが、150年ほど前には、世界の半分以上では婚姻や家族のあり方は現代とは異なるものであったといえるでしょう。一夫一妻の結婚からつくられる家庭を基本とする結婚制度は、キリスト教世界、特に欧米から世界中に広まっていったものです。この結婚制度は日本を含めた欧米以外の多くの国で受け入れられましたが、伝統や文化、宗教的な理由から欧米式の結婚制度を受け入れなかった国もあります。現在も一夫多妻が法律的にも認められているムスリム諸国は、欧米式の結婚制度をそのままでは受け入れなかった代表的な例でしょう。
イスラームでは、結婚ということは義務ではないにしても重要な徳目であり、善行であるとされています。預言者ムハンマドの言葉に、「結婚は信仰の半分」というものがあります。それほど、結婚というのはイスラームの信仰を実践する上で、大きな部分を占めるものとされます。ただ、ここで言われる結婚というのは、キリスト教世界で行われてきた結婚とは異なる点がいくつかあります。
まず、結婚に際して教会が介在しません。キリスト教では、結婚とは教会が関与しなければ成立しないものであり、結婚式にあたっては聖職者が結婚を成立させる役割を果たしてきました。イスラームでは、そもそも教会という機関が存在しておらず、聖職者といえる人間もいません。
それではイスラームでは結婚とは何かというと、個人の間の契約です。男性と女性の間の契約であり、男性は女性に対して結納金を譲渡し、女性側が結納金を受け入れることで、結婚の契約が成立します。この結婚契約をアラビア語でニカーといいますが、契約に際しては、証人と新婦側の保護者が同席している必要があります。結納金は、新婦の財産となり、結婚後も新婦によって保持されます。
19世紀の初め頃だと、世界各地の結婚のあり方はまだまだ多様でしたが、この頃から欧米式の結婚が世界中に広まっていきます。植民地化が本格化して、アジアやアフリカの立法、行政、司法も欧米諸国が行うようになったためです。日本のように植民地化されなかったとはいえ、文明開化の必要に迫られて欧米式の結婚制度を取り入れた国もあります。
しかし、アジア・アフリカの多くの地域では、キリスト教とその結婚制度が直接持ち込まれるということはありませんでした。キリスト教を強制的に普及しようとする試みは大きな抵抗にあったことと、欧米で世俗化が進んで、結婚には必ずしも教会が関与するとは限らないようになっていたからです。フランス革命以降、欧米で進んだ世俗化の結果、キリスト教会の社会的役割は大幅に減少していきました。代わりに、国家の関与が絶対に必要となりました。国家に登録されない結婚は結婚とは見なされない、となったことは、国家が教会に取って代わったといえるでしょう。植民地化されたアジア、アフリカでも、結婚は国家もしくは植民地行政当局に登録しなければならない、という制度が施行されていきました。
私事で恐縮ですが、筆者はかつてマレーシアで結婚式を挙げたことがあります。マレーシアは、イギリスの植民地でしたが、1957年に独立しました。現在では人口の6割がムスリムであり、他にも仏教徒やキリスト教徒、ヒンドゥー教徒などがいます。マレーシアでは、民法をはじめとして、ムスリム法と呼ばれるムスリムにだけ適用される法律があります。結婚、離婚の手続き、遺産相続といった民法や、他にも飲酒した場合のむち打ち刑といった刑法に類する法律もあります。ムスリムのための民事裁判等を行うシャリーア裁判所というのもあります。また、飲酒が摘発されても処罰の対象となるのはムスリムだけであり、仏教徒やキリスト教徒であれば罪になりません。
ムスリム、非ムスリムいずれにも適用される法律は一般法と呼ばれ、裁判は一般裁判所という裁判所で行われます。このようにムスリムと非ムスリムで適用される法律が異なるあり方は、二元的法制度と呼ばれます。興味深いのは、ムスリム法は、マレーシア人以外でも国籍に関わりなくムスリムであれば適用されるということです。マレーシア国内でイスラーム式の結婚式を挙げる場合は、マレーシア人以外でも、ムスリムであればムスリム法に従わなければなりません。外国人であってもムスリムであるなら、飲酒が摘発されれば処罰されます。