旧統一教会巡る不思議な「沈黙」 関係者の生々しい証言も
京都府立大教授 川瀬貴也氏
早いもので、安倍晋三元首相が遊説中に殺害されてから、2年以上の歳月が流れた。日本近現代史において、暗殺された首相経験者の数は7人に上るそうだが、戦後では安倍氏ただ一人である。今のところ、この事件の被告の裁判も何故か始まる気配がなく、不思議な「沈黙」でもって、この事件は風化しつつあるような気さえしている。
そのような雰囲気の中、先日私は出版されたばかりの、樋田毅『旧統一教会 大江益夫・元広報部長懺悔録』(光文社新書)という書を一気読みした。タイトル通り、これは元旧統一教会幹部であった大江氏という人物が、自らの来歴とともに(ちなみに彼は2023年に末期の大腸がんを手術して、その後この書の元になる取材を受けた)、これまで旧統一教会が「何をしてきたのか」というのをさまざまな側面から告白した書である。
一読して、これほど赤裸々に語るとは、と驚いた。例えば彼の口からは「教会のためなら、世俗の(サタン側の)法律や倫理は無視しても良いという考えがあった」「自分が入会した頃には存在しなかった、人を騙し続けた霊感商法はよくなかった。霊感商法に従事させられた熱心な信者も被害者」「私の広報部長時代は、霊感商法について、経済活動は宗教団体とは無関係、と言い続ける悲惨な日々だった」「生活基盤を脅かすような献金は控えるべきと教団内部で訴えたが無視された」「自民党は今、統一教会との関係を総て断ち切り、無関係であるというような顔をしているが、あれだけ組織をあげて協力したのに、本当にひどい仕打ちだ」「赤報隊事件(1987年に朝日新聞阪神支局が襲撃され、記者が殺傷された事件)は、もしかしたら、うちの教団の末端にいた連中の暴走だったかも」など、次々と生々しい証言が飛び出るのだ。まさに「懺悔録」である。
古諺に「人の将に死なんとする、其の言や善し(『論語』泰伯)」とあるが、私の読後感がまさにこれだった。そしてつい、こんな人が多数派だったらあの教団はどうなっていただろうか、とないものねだりしてしまう。なお、この本の出版により、大江氏は教団を自ら脱会したのだそうだ。
さて、先日の朝日新聞の「スクープ」として「安倍氏、旧統一教会会長と面談か」と銘打った記事が一面に掲載された(9月17日朝刊)。これまでも、安倍氏が旧統一教会と深い関係があったこと(教団作成のビデオに出演し、それが暗殺の一因となったとされる)、しかもその「縁」は祖父の岸信介まで遡ることは指摘されていたが、改めて「答え合わせ」をするような記事であった。これらの一連の報道に対して、現在のところ自民党は「既に公表した以上のことはない」「党内の事務手続きなどについては公表していない」と、これまた奇妙な「沈黙(黙殺)」の態度を崩していないように見受けられる。
上記の大江氏の「懺悔録」と照らし合わせたとき、個人的には内心忸怩たるものを感じる。「死人に口なし」は生者の法、では「あの世」や「魂」を信じる宗教側から見てあの事件は果たして終わったのか、とつい皮肉な感想を持ってしまう。