風吹けば
江戸後期の浮世草子に『世間学者気質』というのがある。作者は無跡散人。「むせきさんじん」と読むのだろうか。物語の中身も含め、詳しいことはよく分からない。決して広く知られているとは言えないこの浮世草子に、ひともうけしようと思案する人の挿話がある◆強い風が吹くと、土埃が舞い失明する人が相次ぐ。そうした人が生計を立てるために琵琶が売れる。琵琶には皮を張らねばならず、多くのネコが捕獲される。ネズミがのさばり、箱という箱をかじって使い物にならなくする。それ故、箱屋をやれば大層もうかるに違いない。思案とも妄想ともつかない皮算用は、風に始まって箱屋に至る◆この小話が、ことわざ「風が吹けば桶屋がもうかる」の由来とされる。何の関わりもないように見える出来事が、幾重にも因果を重ねて思いがけないところに影響を与えるという意味だ◆米国の次期大統領に、トランプ氏が返り咲いた。一国のリーダーを決める選挙がこれほど世界の耳目を集めたのは、米国の影響力が多方面に及ぶからにほかならない。政治経済、外交のみならず、LGBTQや人工妊娠中絶など、多様性や生命倫理に関する国際的な潮流にも少なからず影響を与えるだろう◆米国の風はどこへ向かうのか。微風か、強風か。あるいは暴風か。しばらくは、桶屋ならずとも、米国から吹く風の行方を注視する必要がありそうだ。(三輪万明)