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宗教とインターセクショナリティ 宗教社会学も「クィア化」?

北海道大教授 櫻井義秀氏

時事評論2024年10月2日 09時34分

8月9~11日にモントリオールで開催されたアメリカ宗教社会学会に参加してきた。コロナ禍明けで5年ぶりの北米での学会参加であり、顔馴染みの研究者と会えたのも嬉しかったが、世の変化にも驚いた。

何と言っても円安である。コロナ禍前の2018年では1㌦110円だった。札幌からの往復航空券代がエコノミーでも30万円台であり、助教と学生寮の宿泊施設に泊まったが、それでも1泊2万5千円。会場のホテルは4万円。ベーグルとコーヒーで1800円もするが、カナダの最低時給相当だそうだ。

日本の物価水準は中進国程度であり、インバウンドや輸出産業向けに円安政策をやるにもほどがある。これでは若手研究者などは国際学会で発表できず、共同研究もできない。

参加者の顔ぶれが、01年に参加したアナハイム大会と比べてアジア系の研究者(中国系・韓国系のアメリカ人、カナダ人)が増えた。23年の統計によるとアメリカの留学生数は、日本とほぼ同数が台湾とベトナム、韓国は2倍、中国は13倍、インドは12倍である。留学はすればいいというものでもないが、日本の内向化傾向に円安が拍車をかける。

もう一つの変化は参加者の民族・国籍の多様化とともに、女性の研究者がほぼ半数近かったことである。人文社会系の学問に女性研究者が多いのは世界的な傾向ではあるものの、従来、宗教界も宗教研究も男性主導であった。これだけ参加者の多様性が高まれば研究動向も自ら変化してくる。

今回の大会テーマがインターセクショナリティなのだが、この言葉を聞いたことがある人はどれだけいるだろうか。差別は何層にも複数の次元で存在するという。ジェンダーという一つの次元にようやく慣れた日本に、DEIが先行して浸透し始めている。

DEI=「ダイバーシティ(多様性)」「エクイティ(公平性)」「インクルージョン(包括性)」の略称を冠した部署が大学や企業にも設けられ、性別や民族的差別・偏見をなくして、組織内の生産性や創造性を高めようとしている。

この発想の大元には、人は性別、人種、民族、階級、指向性の諸点でミクロなレベルで差別化され、そうした偏見が交錯してマクロ社会のレベルでは大きな格差となっているという北米社会の大きな認識がある。諸宗教の制度や組織、社会関係もそういう視点から分析されるべきという提言が今回のテーマであり、会長講演は宗教社会学の「クィア化」だった。

こうした発表を聞いて、確かにそれはそうだが、歴史的な宗教は民族や身分、世の富貴を超えた次元での平等をめざした。そうした理想と現実のギャップは認めつつも、あまりにリアルに過ぎると理想を語れなくなるのではとも感じた。案の定、人をあまりに無数のカテゴリーに分ける議論は分断を深刻化するだけで、現実の社会分析や問題解決に理論として役立つのかとの懸念も表明されていた。

賛否両論が闊達に出てくるところにアメリカを感じた。日本は流行の概念を直輸入することが得意だが、自由な討議というふるまい方をまねる人は意外に少ないものである。

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