政局混乱の中のパリ オリンピックと宗教
東京大教授 伊達聖伸氏
パリ・オリンピック・パラリンピックが開幕する。フランスは6月9日の欧州連合議会選挙で極右の「国民連合(RN)」が大きく躍進し、マクロン大統領は国民議会の解散総選挙に打って出たが、同月30日の第1回投票でもRNの勢いは止まらなかった。7月7日の決選投票では、RN包囲網がなんとか機能したものの、与党連合は左派連合の「新人民戦線(NFP)」に首位を譲った。アタル首相は辞任を表明し内閣総辞職となったが、後任の首相の見通しは立たないままで内閣は職務を続ける。そうした異例の政局不安のなかでの五輪開幕である。
4年に1度の「平和の祭典」だが、ロシア・ウクライナ戦争、イスラエルのガザ攻撃が続いている。アメリカではトランプ前大統領の暗殺未遂事件があったばかりだ。要人も多く集まる一大国際イベントとあってフランス当局は厳重警戒体制のもと、セーヌ川を舞台とする開会式を迎える。
1972年のミュンヘン五輪では、パレスティナの武装組織「黒い九月」がイスラエルの選手11人を殺害した事件が起きた。今回の五輪中に同様の事件が勃発したりしないか、不安や悪い予感が実現することのないよう、祈るばかりである。選手の活躍には期待したいが、個人的には現在のオリンピックの開催形態自体がどこまで持続可能かと違和感も覚えている。
今回の大会について覚えるもう一つの違和感は、フランス政府が自国の代表選手にイスラームのヴェール着用を禁じていることである。2023年9月、スポーツ大臣アメリ・ウデア=カステラは、フランスの代表選手はライシテ遵守の観点から、オリンピック競技でヴェールを着用できないと発言した。これは、国際オリンピック委員会(IOC)の見解に反するもので、国際的に見てもフランスの特殊性が際立っている。
フランスでは現在、スポーツ競技でヴェール着用を一般に禁じる法律は存在しない。スポーツ連盟は民間団体で、ヴェールの可否は競技によって異なる(ラグビー、ハンドボール、テニスは着用可、バスケットボール、サッカーは不可)。フランスで宗教的中立性の義務が課されるのは公務員であり、代表選手のなかに公務員がいることはあっても、代表選手は公務員ではない。世論はフランスの代表選手ならヴェールを着用すべきではないという考えに傾いているようだが、禁止は明確な根拠を欠く。
もっとも、フランス開催だからといって、宗教がおしなべて遠ざけられているわけではない。カトリック系『ラ・クロワ』紙によれば、オリンピック村にはマルチコンフェッショナル・センターが設けられ、礼拝室の設置や聖職者の配備など、宗教的実践の配慮がなされている。400平方㍍の空間は当初キリスト教、イスラーム、ユダヤ教、仏教、ヒンドゥー教で等分される予定だったが、「フェアプレイ」でどのように区分するかも話し合われたという。たとえばイスラームにはウドゥー(礼拝前の洗い清め)のための場所に加え、男女別の区画が必要なので割当面積が広くなった。そうした空間で選手たちは、競技の前後で精神集中したり祈ったりすることができる。