善き力 ボンヘッファーを描き出す12章…イルゼ・テート著、岡野彩子訳
キリスト教と平和、社会への関わりについての論議で頻繁に引き合いに出される戦前のドイツの牧師、ディートリヒ・ボンヘッファー(1906~45)。神と人間との関係を深く追求した神学者であると同時に、ナチスへの抵抗運動の闘士として処刑された行動の人としての生涯と思想を紹介する伝記だ。
内容は、著名な彼の研究者であるテートの講演などを基にしており、神学者としての思索、「告白教会」のキリスト者としての働き、同時代人としてヒトラー暗殺計画への参与に至る社会活動の時期などで構成される。
著者訳者の言通り「ボンヘッファーと歩むように」その壮大な人間論、倫理観の思想的足跡をたどりつつ神学生らとの対話や子供たちとの交流にも見えるこの牧師の人間像、獄中の緊迫した場面と時代背景もが描かれており、論考であると同時に読み物でもある。
神とそれへの信仰に根差す人間の様々な営為という意味での「善き力」というタイトルは彼の有名な詩から取られており、抑圧との闘いにおいて通常の人間社会の倫理規範よりも神のそれを尊ぶという観点は括目だ。
訳者も指摘する通り彼の平和論、その実現に向けた人間の在り方への論述には、なお戦争や抑圧が続く現代に宗教者がどう向き合うのかという教派の違いも超える示唆がある。
定価3960円、新教出版社(電話03・3260・6148)刊。