解脱房貞慶の世界 『観世音菩薩感応抄』を読み解く…阿部泰郎・楠淳證編
鎌倉時代に南都の興福寺を代表する学僧として知られた解脱房貞慶の生涯をたどり、膨大な著作群の中でも「回心というべき重要な思想の表明」を行う『観世音菩薩感応抄』を読み解き「稀代の信仰の実践者であり表現者であった貞慶」の宗教思想家としての働きを捉えた書。編者は、12人の研究者が共同執筆した本書への期待を「未だ広く知られざる偉大な仏教思想家かつ表現者である解脱房貞慶の世界への扉を開きたい」と述べる。
表舞台で活躍し世間に広く知られる僧もいれば、教団内部に沈潜あるいは隠遁して地下水のような働きで後世に存在感を現す僧もいる。貞慶は同時代を生きた高山寺の明恵に比して世間的な認知度は低かった。将来、興福寺別当となる栄達を期待されながら、その進路を捨てて遁世の道を選んだところに貞慶の独自の境涯がある。
貞慶は膨大な著作以上に作善仏事の勧進状や願文、表白、追善供養の諷誦文などの数々を作った。とりわけ「修辞を駆使して一座の意願を荘り象った講式の制作は、その中核をなす」という。いわば宗教儀礼を構成する言葉(法語)の作者として名声は高く、そこに本領が発揮された。その意味で、本書は「貞慶の記憶とその遺産」を現代によみがえらせる成果と言ってよい。
定価2750円、法藏館(電話075・343・0458)刊。