クシェーメーンドラの仏教美文詩の研究…山崎一穂著
11世紀に中世カシミールを代表する著作家のクシェーメーンドラが著した仏教説話文学『アヴァダーナ・カルパラター』(伝説の如意の蔓草)の原典資料を厳密に分析し、インド古典文学史上の位置付けを明らかにしようとする一冊。注釈書が存在せず原典の正確な解釈が困難だったことから、これまでの研究で顧みられてこなかった同書に着目し、仏教説話文学史の再検証を試みる。
「仏教とは何か」という問題に取り組むとき、多くの人は経典や論書を参照する。しかし、そこにあるのは「仏教の理想化された姿としての教義」だと著者は指摘する。教団の大多数を占める出家、在家信者の現実の姿としての仏教の信仰形態は、経典や論書よりも、律蔵や説話文献に色濃く反映されているとの視点から、仏教説話文学を「民衆レヴェルでの仏教思想を知る上で重要な資料」と定義し、経典を中心に語られてきたインド仏教史の別の側面に光を当てる。
著者は『アヴァダーナ・カルパラター』のアショーカ王に関する叙述が、今日失われている2本の資料に基づくことを明らかにした。また同書が材源とした説話の筋を自由に改変せず、忠実に再現しているということを発見し、その叙述が高い資料的価値を有すると指摘する。
定価16500円、山喜房佛書林(電話03・3811・5361)刊。