黒い蜻蛉 ―小説小泉八雲―…ジーン・パスリー著、小宮由訳
ラフカディオ・ハーンと同郷のアイルランド人作家の手による伝記小説。日本の怪談を再発見し広めたというハーン像を超えて「日本とは何か」「日本人とはいかなる人種か」という問題を考えたハーンを活写する。幼少期の両親との離別や身体的コンプレックス、アメリカでの最初の結婚と別れ、欧米への嫌悪など、来日前のハーンの生い立ちや思考について詳述し日本での暮らしに与えた影響に触れている点も特色だ。
ハーンが日本を称賛したことや小泉セツと結婚した後に帰化し「小泉八雲」と名乗ったことは有名だが、著者はハーンが日本の全てに肯定的であったとは認めず、近代化=欧米化する過程で「古き良き日本」が失われることを危惧していた姿も描写する。それは欧米の影響を色濃く受ける東京や神戸などの都市になじめず、松江や焼津をはじめとした昔ながらの日本の姿をとどめる地域を好んだことに表れているが、ハーンは亡くなるまで、死者や先祖を思う文化や無私無欲の国民性に感銘を受け、日本を世界が目指すべき理想郷とし続けた。
ハーンは日露戦争のさなかに54歳で死去するが没後120年を迎え、希代の人物の目を通して日本という国を再考する現代的意義は大きいだろう。
定価2750円、佼成出版社(電話03・5385・2323)刊。