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『生命の革新』としての限界芸術

――クームラズワミとデューイの『ヴィジョン』を手がかりに

秋田光軌氏

4. デューイの芸術論

1859年に生まれたジョン・デューイは、アメリカのプラグマティズムを代表する哲学者であり、心理学、教育学、論理学、社会思想などの思索を残した人物である。本章では晩年の著作である『経験としての芸術』を中心に、彼の芸術論の概要を確認していく。同書でのデューイのねらいは、洗練され、強められたかたちの経験である芸術作品と、経験を構成すると一般に認められている日常的な出来事・行為・苦しみとのあいだに、連続性を回復することにある2525ジョン・デューイ『経験としての芸術』栗田修訳, 晃洋書房, 2010(1934), pp.1-2。これも「①芸術と仕事・生活を一体と見る発想」の一種と見ていいだろう。

経験とは「生き物と環境の相互作用」であり、生きる過程において生き物は環境との平衡を失ったり取り戻したりを繰り返す。環境からの受動と環境への能動があり、葛藤のうちにそれらが相互浸透して「一つの経験」としてまとまりを持つとき、経験は美的な質を持つのである。ただひたすら流転する世界や、すでに完成されてしまった世界に美的経験は生まれない。現実の世界は「変動と完成・別離と再会とが交錯する世界2626同上書, p.17」であり、なすことと受けとること、出ていくエネルギーと入ってくるエネルギーとを、一つに結合することが重要である。デューイにとって、芸術作品は経験のはたらきがある媒体を通じて強められた産物であり、日常生活におけるさまざまな美的経験と連続性をもつ。

ただし彼自身が認めるように、人々の仕事をはじめとする日常経験の大部分はこのようになっていない。一方の極には「だらだらした経験の連続」がある。そこで人はあてもなく漂流しているだけであり、出来事がその前後に起こったこととどう関連しているか、発展する経験の中に何を組み込むべきかについて知ろうとしない。もう一方の極には「経験の拘束と萎縮」がある。そこで人は規定の目的に向けて決まりきった動きをするのみで、諸部分は機械的にしか結びついていない。外圧の様子次第では屈服するか、回避して妥協するかで、経験はたるんで散漫なままとなる。「美的なものの敵は平凡で月並みであること、だらりとたるんでいること、実践的あるいは知的なことをなすにあたって伝統に盲従すること2727同上書, p.45」なのだ。

デューイは、人間が現代産業のもとで作りあげた、私的利潤追求のために生産する経済制度が、経験の中身そのものへ満足することに悪影響を与えているという。私的利益のために他人の労働を支配することから生じる心理的状態が、生産過程にともなう経験の美的性質を抑圧している。そこで、人間精神の回復と発展を促進する新しい文明の仕組みの明確化に際し、焦点が当てられたのが芸術である。彼は、個人に特有の性質を解き放つ芸術の教育的活動によって、産業そのものが文化的な機関へと変化することを構想した2828行安茂 編『デューイの思想形成と経験の成長過程 デューイ没後70周年記念論集』北樹出版, 2022, pp.224-226。これが「②現代社会の要請に対する批判精神」にあたる部分である。

芸術の観点から見て重要なことは、生産活動のなかで外側からの圧力を減じ、自由と個人的興味を増やすことであり、労働者が自ら生産するものに対して興味をもつことは美的満足に欠かせない必須条件である。つまり、外発的目的のためにやらざるを得ない手段としての仕事ではなく、その仕事がある結果に向かって進むこと自体が内発的目的となることが必要なのである。素材、アイデア、業務スキル、人間関係等、多彩な要素を含む仕事の長いプロセスが、ある結果についての観念と結びつきながら調整されるとき、その仕事は遊びの態度を含む美的経験であり、質においての芸術であると言える2929ジョン・デューイ『民主主義と教育』下巻 松野安男訳, 岩波書店, 1975, pp.24-25

仕事に限らず、さまざまな場面で経験を形成するための鍵が、想像力によって心内にもたらされるヴィジョンである。

想像力を働かせることこそ、どんな活動であれ、その活動を単なる機械的なものにとどめず、それ以上のものにする唯一の方法なのである。3030同上書, p.68

想像力は現実の営為と結びつかない「空想」とは異なり、各々の過去の経験から引きだされた意味を現在の状況において再組織化し、現実と可能性、新と旧、個と普遍といった相反する要素を相互浸透させる力のことである。それによって心内の理想として生じるヴィジョンは、現実世界との葛藤を引き起こしながら、現実という織物に織り込まれている可能性を引き出し、経験を拡大・連続させる役割を果たす。

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