仏像を盗難被害から守る(1/2ページ)
奈良大文学部准教授 大河内智之氏
今、全国で仏像が盗まれる被害が多発している。特に被害を受けているのは、各地の集落に暮らす人々が、小さな堂で守り伝え、心の拠り所として維持してきた身近に祀られる仏像である。仏画や仏具、神社や祠に祀られる神像や狛犬なども被害を受けている。
なぜ仏像が盗まれるのだろうか。窃盗犯の目的は、換金である。盗まれた仏像がさまざまな経路から古美術市場に供給され、商品として流通しているのである。近年はインターネット上で誰でもたやすく売買のやりとりができるオークションサイトが発達しており、古い仏像を購入する手段が格段に平易化していて、需要の層が大きく広がっている。犯行目的が換金であるから、全国のどこでも被害は発生しうるし、また犯人が繰り返し犯行に及ぶ事例が多く、被害が拡大する傾向が強い。
そしてもう一つの大きな要因が、住民の高齢化と人口減少という、現代社会が抱える構造的な問題である。全国各地で寺院の無住化が進んでいるが、こうした無住寺院や宗教法人格のない小堂などは、地域の集会所も兼ねるなどして、なんとか維持されてきた。しかしコミュニティーの縮小により、管理の担い手が不足して目が行き届かなくなり、犯罪の抑止力が低下してしまっている地域が増えている。そうした隙を突いて、卑劣な窃盗犯が跋扈しているのである。こうした状況は今後さらに深刻化していく可能性が高い。
和歌山県では、2008(平成20)年ごろからの約10年間に、300体ほどの仏像が盗まれている。驚くべき数字であるが、これは和歌山県警と和歌山県教育委員会が連携し被害発生件数を細かく把握することで、被害実態を可視化しているがゆえのことである。特に10(平成22)年春からの1年間では連続60件、仏像172体、仏具類90点に及ぶ、空前の規模の被害が発生している。一人の犯人が盗み続けたもので、転売先から取り戻された仏像もあるが、多くは現在も行方不明のままである。
17(平成29)年から翌年にかけても、10カ所の寺院で60体以上の仏像が盗まれている。例えば紀の川市・西山観音堂の十一面観音立像は、像高180㌢を超える平安時代後期の優美で大きな仏像で、市の指定文化財であったが、人家のない山中に所在し、南京錠を付けただけの扉をやすやすと突破され、被害に遭った。マスコミ報道などが功を奏し、大阪府下の質屋に引き取られていたところを取り戻すことができた。一連の犯人は当時83歳の男で空き巣の常習犯であったが、転売時には足下を見られて僅かな金額しか手にしていないようで、犯罪が連鎖して被害が拡大する要素となっている。
19(令和元)年にも、和歌山県南部から三重県にかけて連続で被害が発生したが、のちに逮捕された犯人2人のうち1人は古美術商であった。転売方法を熟知するがゆえにこうした古物商・古美術商が関わる盗難事件も後を絶たない。