仏像を盗難被害から守る(2/2ページ)
奈良大文学部准教授 大河内智之氏
仏像は信仰の核となる象徴的な存在であり、例えば災害時には真っ先に救出され、破損することがあれば修理が施されて長く維持される。数百年、千年を経た仏像でさえ、けっして珍しくない。そのようにして地域に長く留まる傾向が強いため、信仰の対象であるとともに、造像し継承してきた地域の人々の歴史をも、さまざまに物語ってくれる大切な文化財でもあるといえる。そうした仏像を失ってしまうことは、伝わった地域と、そこで暮らす人々の歴史を失ってしまうことと同義である。仏像を盗み取ることは、信仰の尊厳の無視、地域の歴史への敬意の欠如の上で行われる極めて卑劣な犯罪である。こうした被害に遭う仏像を、そして地域を、絶対に増やしてはならない。
被害に遭わないためには、さまざまな防犯対策が必要である。まずは写真を撮って寸法を測り、何があるのかを把握しておくことが肝要で、その上で二重三重の厳重な施錠が効果的である。さらに防犯ライトやベル、カメラを設置できれば、犯行を抑止できる確率も上がるが、ただし堂舎自体が孤立しているような環境では効果も限定的で、電源がなくできることが限られることも多い。そもそもそうした対応に苦慮している要因が、過疎化・高齢化による担い手の不足にあるのが現状であるわけで、集落の人々の力だけで守り続けることに限界が生じている。
私は、前職である和歌山県立博物館において、そうした地域課題への対応として特色ある取り組みを行ってきた。県内で仏像盗難が多発したことを受け、12(平成24)年から県立和歌山工業高の生徒や和歌山大の学生と共働し、3Dプリンターを活用して精巧な仏像の複製を製作し、防犯環境を整えることが難しい地域の寺社に安置して、実物は博物館で保管し、盗難被害を防止するという活動である。現在、その数は県内16カ所で31体を安置するまでに至っている。
信仰の対象に複製を安置するということについて、信仰の冒涜と捉える考え方もあるかもしれない。しかし実際には、地域住民が主体となって僧による発遣・開眼供養がなされ、「お身代わり仏像」という呼び方が地域住民側から出てくるほどに、好意的に受け入れていただいている。秘仏本尊に対するお前立ち像の事例ともやや近い要素があるように思われる。「これから本物の仏さんと思ってお参りする」「夜も安心して寝られる」などの声もあり、それだけ当事者にとって深刻な問題であるといえよう。また製作に携わった高校生・大学生が現地を訪れて、住民とコミュニケーションを図った上で、お身代わり仏像を奉納していることも重要で、地域の未来を担う生徒・学生が仏師となって、自分たちの集落のために作ってくれたのだ、という新たな歴史が付随することで、受け入れへの心理的なハードルを大きく下げる効果を得られている。
地域に伝えられてきた仏像や文化財を失うことは、歴史や尊厳を失うことと同義である。盗難被害を防ぐためには、いまや住民の努力だけでなく、行政のサポートや、市民相互のサポートも必要である。もちろん宗派や僧侶のネットワークが、そうしたサポートの上で大きな役割を担いうる。「お身代わり仏像」の製作において最も重要なのは、最新技術を活用していることではなく、地域課題の解消にあたって、それまで全く接点のなかった高校生や大学生が地域の人々とつながり、活動し、そしてそれが受け入れられているというところにある。地域の歴史や文化財を維持継承している人々に敬意を表し、応援することもまたサポートである。当事者同士が連携を図っていくことも、またそうした連携をみんなで支えていくことも効果的な支援である。誰もが当事者という意識を持ち、「みんな=公共」で支え合いながら守ることが、地域の信仰の場を、そして大切な文化財を守るための、これからのあるべき保護の形といえるだろう。