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江戸末を活(い)きた禅僧・蘇山玄喬(2/2ページ)

花園大国際禅学研究所研究員 瀧瀬尚純氏

2018年4月18日

安政4(1857)年、59歳を迎えた蘇山は城州(京都府八幡市)円福寺に住持として請われる。先代の石応宗珉は、蘇山と同時期に卓洲下で切磋琢磨した間柄であった。加えて石応の一代前の海山宗格もまた卓洲下であり、円福寺の法系を考えると蘇山を拝請することは極めて自然といえる。円福寺住持時代も雲衲接化や各地での提唱に余念がなかったようであるが、中でも妙心寺で開山・関山慧玄500年遠諱が厳修された際、蘇山が特請され、『臨済録』の提唱会を催したところ、千余人に上る雲衲が全国より参集したことが特筆すべき事蹟といえよう。

文久2(1862)年の夏、当時の臨済宗門を代表する禅者となっていた蘇山(64歳)は、新たに開かれようとする江湖道場の尾州・徳源寺に拝請されることとなった。新道場の開創は、臨済宗門にとって盛事といえる。しかしながら当時の社会情勢に目を転ずれば、幕末期の社会的・政治的混迷がいよいよ窮まっていた。このような混乱の時代に、新道場の開創は容易ならざる事業であったことが推測される。事実、徳源寺の本堂が落慶されるのは、蘇山が示寂する直前の明治元(1868)年の春であり、禅堂開単(文久3年)よりさらに5年もの歳月を要したのである。蘇山の徳源寺在住は最晩年の5年と短い。しかし、この短期間で厳しい経済状況の中、新道場の開単・本堂の落慶と大事業を次々と成し遂げることができたのは、ひとえに蘇山の大力量とその人望に依っていたのである。

徳源寺の本堂が落慶した同年12月14日早朝、蘇山は示寂の時を迎える。納棺に当たっても、生前の如き顔色であったという。世寿70、法臘六十二。生前、慶応元(1865)年には、孝明天皇より「神機妙用」の禅師号が下賜された。主な弟子には見性寺を嗣いだ葆岳玄寿、徳源寺の後を承け、妙心寺派初代管長に就任した鰲巓道契、梅林寺の住持となった羅山元磨、聖福寺(福岡市)へ請われた愚渓自哲などが挙げられる。これら蘇山の会下たちは大いに化を振るい、その法は円福寺・徳源寺にとどまらず、海清寺(兵庫県西宮市)・龍澤寺(静岡県三島市)にまで及び、示寂150年を経た現在も脈々と受け継がれている。

以上、蘇山の行履を中心に見てきたが、では蘇山の宗風とはいかなるものであったのか。日本近世臨済禅では、峨山慈棹の下より出た隠山惟琰と卓洲胡僊の二人をその宗風の違いから、「機鋒隠山、綿密卓洲」と称する。参禅室内の家風の違いからくる言葉であるが、それが転じて、隠山下、卓洲下の宗師家の人柄・接化法にまで敷衍されて評されることも多い。卓洲下の蘇山も当然、綿密なる家風を受け継いでいた。その様は、作務や普請、上棟の過程に関する緻密な記録に拠って窺い知ることができる。

また、単に綿密であるだけでなく、その綿密さは非情な厳しさに裏打ちされていた。蘇山の人柄は、

時に妙用(蘇山の諡号)、見性に住すること尚お未だ久しからず。炉鞴方に新たに、鉗鎚尤も厳し(『近世禅林僧宝伝』「梅林寺羅山和尚伝」)
師、性温和、然れども来機を接するに至っては、輒ち呵風罵雨、仮貸する所無し(同「見性寺蘇山和尚伝」)

と評されており、常に弟子に対し法を忽せにしない厳しい態度を取り続けていたことが分かる。

以上、蘇山の生涯を中心にその行履を見てきた。蘇山という禅僧が遺した特筆すべき行履すべてが、現在の臨済宗門に多大なる影響を与え、宗門形成の重要な基盤の一つとなっていることは疑う余地が無い。本稿が、蘇山という禅僧、或いは近世から近代へと遷る臨済禅の流れなどに触れる切っ掛けとなれば幸いである。

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