空海がもたらした曜日 ― 唐から『宿曜経』持ち帰る(1/2ページ)
京都情報大学院大教授 作花一志氏
日本人はいつから「日月火水木金土」という曜日を使っているのでしょうか? 明治になってから欧米にならった? 鎖国中にオランダ商人がもたらした? 戦国時代にやってきたキリシタン宣教師が伝えた?
いやそうではなく、もっと古くから曜日は使われていたのです。七曜はヨーロッパから伝わったのではなく、空海(774~835)が9世紀初めに唐から持ち帰ったもので、『宿曜経』という占星書に書かれています。経という名前がついていても仏典のお経ではなく、星占いのテキストブックです。インド生まれの僧、不空によって中国にもたらされました。これに基づく占いをする僧を宿曜師といい、『源氏物語』にも登場しますが、南北朝時代には姿を消してしまいます。
七曜は藤原時代には密教行事だけでなく、貴族間で広く使われていたようです。例えば、藤原道長自筆の日記『御堂関白記』には、長保六年二月十九日(1004年3月12日)に道長は、84歳の安倍晴明を伴って、新しく作る法華三昧堂の土地探しに木幡(京都府宇治市)に行きますが、その日は「癸酉の日曜日」ということが記されています。この日が日曜であることは、実際に計算して確認できます。
『御堂関白記』は陰陽師の作った「具注暦」という暦に道長自身が書き込んだもので、そこには干支・二十四節気・吉凶の占いはもちろん、日・月・火・水・木・金・土までが書いてあります。『宿曜経』にはまた白羊(おひつじ)、青牛(おうし)、陰陽(ふたご)、巨蟹(かに)、獅子(しし)、小女(おとめ)、秤量(てんびん)、蝎虫(さそり)、人馬(いて)、磨羯(やぎ)、宝瓶(みずがめ)、雙魚(うお)という十二宮も載っていて、これらを使って宿曜師は星占いをしていたようです。空海のもたらしたものは真言密教だけでなく、暦、占い、さらに土木技術、医薬知識までといわれ、本当に多彩な天才ですね。
鎌倉時代の史料として、承元四(1210)年および正和四(1315)年の「具注暦」が京都大学宇宙物理学教室図書室で見ることができます。日曜日に「密」という字が書かれているのはソグド語のミール(光、太陽、日曜を表す)に由来するものといわれています。また南北朝時代の康永四(1345)年の「仮名暦」は栃木県の荘厳寺に保存されています。江戸時代にはわが国初の暦を作った渋川春海(1639~1715)の署名のある貞享五(1688)年の具注暦、大和国だけで使われていた文化十(1813)年の「南都暦」などがあり、これらに記載されている曜日は全て現在の曜日に連続しています。
日本語では曜日の名前は天体名に由来しますが、英語では日曜・月曜・土曜は天体名、火曜から金曜までは北欧神話の神々の名がつけられています。Tuesdayは軍神ティルの日、Wednesdayは最高神オーディンの日、Thursdayは雷・農耕の神トールの日、Fridayは美と愛の女神フレイアの日であり、ドイツ・オランダ・ノルウェー・スウェーデン語など北欧では一般にそうです。
一方、フランス・スペイン・イタリア語などラテン系では日曜(主の日)と土曜(安息日)はキリスト教にちなむ名前で、他は天体名です。フランス語のlundi、mardi、mercredi、jeudi、vendrediはそれぞれ月ルナ(ダイアナ)、火星マルス、水星メルクリウス(マーキュリー)、木星ジュピター(ゼウス)、金星ビーナスに由来しています。中国やイスラム系諸国(インドネシアからアフリカまで)では一般に、1、2、3……と番号が付けられています。またスラブ系ではいろいろな要素が混入されています。全てに天体名を使っているのはインド・タイ・日本・韓国など東アジア諸国ですが、古代ギリシャがそうであることは興味深いですね。Helios、Selenes、Areos、Hermeos、Dios、Aphrodites、Kronosは太陽、月、火星、水星、木星、金星、土星の神であり、また天体を表します。