老作家僧のチェンマイ托鉢百景 2023雨安居全日録…笹倉明著
「異国へ落ち延びた落人作家」と自らを称する著者が、タイの僧院での暮らしや歩きながら考えたことをつづる。仏教徒たちとの交流からは南国のおおらかさが感じられ、肉食で僧侶に肥満の多いことや、信者の高齢化や僧侶の減少という現実も興味深い。
著者は『遠い国からの殺人者』で直木賞を受賞した小説家。離婚や金銭問題があり、2016年にチェンマイの寺で出家した。70歳を超える年齢で、毎朝托鉢に歩く道のりは往復4㌔。僧への施しは徳を積むことであり、人々は善果を得るため果物や飲み物、手作りの総菜、現金などを鉢に入れてくれる。毎日家の前で待つ「お得意さま」のほか、通りすがりに布施する人もいて、持ちきれない供物は信者が車で運ぶほどだ。
托鉢、瞑想、勤行の修行生活を送るが「人は、みずからの過去と無縁になることはできない」と記す。作家としての半生を「いわば『業』の罪を積み上げながら書いてきたようなものだったか」と振り返り「業の結果の引き受け義務」を背負いながら生きていこうとする心境も吐露される。日本で波乱の生き方をしてきた著者だけに、後書きに記された「無常は『苦』であるけれども絶望する必要などはまったくない」の言葉に勇気づけられる。
定価2420円、論創社(電話03・3264・5254)刊。