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《浄土宗開宗850年④》現代語で読むブッダと法然のことば(2/2ページ)

浄土宗総合研究所研究員 石田一裕氏

2024年2月9日 14時01分

筆者は研究者であるとともに浄土宗の教師である。浄土宗を開いた法然は幼少期に父である漆間時国を殺された。そして遺言として「おまえは、会稽の恥をはらそうと思って、敵を恨んではならない。これはまったく前世における行いの報いなのだ。もし、おまえが恨みをもったならば、その恨みは何世代にわたっても尽きがたいであろう。早く俗世を逃れ、出家して私の菩提を弔い、おまえ自身も、悟りをもとめるにこしたことはない」(『【現代語訳】法然上人行状絵図』)と残した。この言葉には、浄土宗の関係者ではなくてもピンとくるものがあるはずだ。

「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みのやむことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である」(中村元『ブッダのことば』)と説くダンマパダ第五偈との類似である。

平岡聡はこれについて「実際の時国の言葉だったのか、あるいは伝記作者の脚色なのかは判断に苦しむ」(『ブッダと法然』)と指摘する。このような指摘に出会った時、研究者は法然の伝記が作成された14世紀頃、日本における『法句経』の流布状況を考える。その当時、パーリ語の経典は流布してはいないはずだ。その漢訳である維祇難訳『法句経』や竺佛念訳『出曜経』が日本にいつ伝わり、どのように研究されてきたのかを解明することで、法然の伝記が作成された背景の一端が明らかになるであろう。筆者はこれを詳しく調べていないが、ダンマパダ第五偈に対応する漢訳『法句経』の一文は、他の仏典に引用されることが少ないようだ。

さて、それでは研究者ではない仏教徒はこの二つをどのように読むであろうか。おそらくこの二つの文章を知れば、何かそこにつながりがあるはずだと考えるに違いない。それが宗教的な文献の読み方であろう。一例をあげると、浄土宗総本山知恩院のホームページには浄土宗開宗850年特別連載として「法然上人の歩まれた道」(執筆者:藤堂俊英)が掲載されている。その第2回「母の夢 父の願い」では、時国の遺言からダンマパダが連想されると指摘されている。おそらく、このような結びつきは布教教化の現場で広く行われていることだろう。

切りひらかれる仏教の新たな地平

現代語訳の仏典が増えるほど、読み手はさまざまな経文を結びつけ、自由な解釈を広げる。そこには、仏教学という学問領域で起こりえない解釈も生まれるだろう。あまりに突飛なものは、研究者の批判を受けるはずである。それでも現代語訳化は、仏教の新たな地平を間違いなく切りひらく。

研究者かつ信仰者は、そのとき、どこまで新たな理解を受け入れられるだろうか。各宗派の信仰者たちが、容易に読める現代語訳で、特にこれまで日本で信仰の対象として読まれることがほぼなかったニカーヤを読むとき、どのような感想を持ち、自己の仏道実践に反映させていくだろうか。片山一良『「ダンマパダ」全詩解説』はダンマパダと道元の言葉でこれを試み、また筆者がかかわる浄土宗総合研究所のプロジェクトは、その一つの実験である。

具体例をあげてみよう。ダンマパダは「すでに(人生の)旅路を終え、憂いをはなれ、あらゆることがらにくつろいで、あらゆる束縛の絆をのがれた人には、悩みは存在しない」(『ブッダの真理のことば』第90偈)と説く。これを我々の研究会では「輪廻の旅路を終えた人は、憂いを離れ、あらゆる点でしがらみを離れ、すべての束縛を断じており、煩いはない」と翻訳した。

この偈はダンマパダ第7章「阿羅漢の章(Arahantavagga)」の最初の偈文である。つまり、これは阿羅漢というさとりの境地を表現したものである。もちろん、我々の訳もそう読めるが、この解説文では「輪廻の旅路を終えた」境地を極楽浄土と解釈した(『教化研究』31)。

来世を信じる浄土教信者にとって極楽に往生することは、輪廻の旅路を終えることそのものである。この解釈はパーリの注釈などに支持されるものではない。それでもプロジェクトで翻訳作業を行うなかで、そこの解釈で一致した。これは客観的な仏典研究の領域を超えているが、筆者はこれを仏典の現代語訳が進む今の日本における伝統教学のアップデートと考えている。それは仏道における信仰の深化をもたらし、伝統教学の新たな地平を切りひらくであろう。

仏教学者としてどこまでそれが許されるかに悩みながら、開宗850年後の一歩を踏み出していきたい。

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