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理想と現実のはざまで ― 真宗大谷派「宗憲」と川島武宜(2/2ページ)

立命館アジア太平洋大助教 宮部峻氏

2023年10月30日 10時28分

改革派を中心にまとめられた「宗憲改正委員会中間報告書」では、「開申事件」以降の教団の混乱は、「宗門存立の根本義が忘却し去られているから」であるとされ、「宗憲に前文を設けて、立教開宗の本義に基く宗門存立の根本義と理念を高く掲げるべきである」と述べられている(『真宗』78年7月号、26頁)。

改革派は、本願寺・浄土真宗の歴史、教学を踏まえた上で、法主ではなく新たに門首(当初の改正案では門主)の地位を「宗憲」に規定するとともに、行政の権限を宗務総長に移管することを模索した。とはいえ、「宗憲」改正には高度な法学の知識が求められた。そこで法学の立場から改正に関わることとなったのが川島であった。

川島が大谷派と関わりを持つようになったのは、川島の弟であり、同朋会運動の調査も行っていた宗教社会学者の高木宏夫(1921~2005)が訓覇の依頼で川島を紹介したことがきっかけである。その後、「宗憲」改正に関わることとなる。

川島は、丸山眞男、大塚久雄らと並んで戦後民主主義を代表する社会科学者であった。川島は、日本には、「現実と理想とを厳格に分離し対置させる二元主義の思想の伝統はない(或いは、きわめて弱い)」(川島武宜『日本人の法意識』岩波書店、67年、45頁)と捉えた。そして日本人の法意識について、「その時その時の事実の状態が権利の規範的内容に影響を及ぼすのであり、したがって、そこでは事実と規範とは明確に分裂し対立してはおらず、事実と規範とは、はじめから妥協することが予定されており、言わば『なしくずし』に連続している」(同85頁)と批判した。川島が問題にしたのは、法の規範が事実を縛らず、場当たり的な事実の解釈が横行してしまう日本の法体系であった。

「宗憲」改正の議論における川島の提言内容を見ても、現実と理想の厳格な分離、法の規範と事実の関係が強く意識されていることが分かる。「宗憲」改正の大きな争点の一つであった宗教法人の代表役員について、川島は、宗教上の権威者は宗教行政という俗務に関わるべきではないと主張した。

その理由として、「法律の前にはすべての人は平等であり、法主であるからといって別扱いをすることは法律上許されない」のであり、「『法主』とか『座主』というような名称で呼ばれている人は、マックス・ヴェーバーのいわゆるカリスマの保持者――すなわち、超人間的な権威をそなえた人――として、宗派における尊崇のまとになっているお方」であり、「無謬性」の期待に基礎付けられているため、「そういうお方が俗務にかかわってだまされたり、宗教団体に財産上の損害を与えたり、いわんやその結果、刑法上の犯罪にあたる行為をするようになったりしますと、その超人間的権威(カリスマ)は崩壊の危険にさらされ」る可能性を挙げている(『真宗』81年9月号、55~57頁)。

宗教法人の代表上の地位を法主から宗務総長へ移行するのに改革派は、教団史、教学に基づいて正統化した。それに対して、川島は、宗教上の権威を保持するためにも、法律上の権利を持つ宗教法人の代表は、法学的には俗務に携わる者、宗務総長によって担われるべきであると主張した。そして、川島が強調したのは、現実を前にしてなしくずし的に物事を進めることはあってはならず、教団に関わるものは何人たりとも「宗憲」に表現された理想に縛られるということである。だからこそ、教団運営において「宗憲」の言葉を尊重し確認しなければならないのである。

「宗憲」に象徴されるように、宗教組織・宗教教団は、理想と現実のはざまで揺れ動く矛盾を抱えた存在である。理想と現実の矛盾が顕在化したとき、その解消を巡り葛藤・対立が生じるであろう。しかし、矛盾は否定されるべきものではない。矛盾があるからこそ、理想と現実を行き来しつつ、両者の関係を問い直し、あるべき姿を追求するのである。こうして教団改革が進んだのである。改革の必要が求められる転換期こそ、現実の問題に向き合いつつ、理想に立ち返らなければならないときなのである。

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