人間には心の栄養も必要(2/2ページ)
シャンティ国際ボランティア会専門アドバイザー 大菅俊幸氏
アジアでの図書館活動は、最も困難な状況にある「子どもたち」が対象で、専門家の助力を得て「おはなし」や「絵本」を大切にした活動を展開したのだが、今回の東北では、「立ち読み、お茶のみ、おたのしみ」というスローガンを掲げ、移動図書館車に本を積み、仮設住宅を巡回する移動図書館活動を展開した。仮設住宅の皆さんが自由に本を手にとり、日々の楽しみや励みになり、お茶を飲みながら心の交流の場になれば。そう考えたからである。
17年3月、宮城県山元町でいよいよ最後の活動となる日。一人の若いおかあさんが私たちにお手紙を渡してくれた。そこには移動図書館への熱い思いがびっしり綴られていた。つい、熱いものが込みあげる。この活動の手応えを感じる時であった。今も私たちの宝ものである。一部抜粋となるがここに紹介しよう。
「何もかも失った。希望がまだ見えないころ、気持ちの切り替えもできなかったころ、この移動図書のおかげで、明るい、心待ちにする気持ちがもてました。それまでは『ああ、今日も一日終わった』と、今日を乗り越える事だけで、『明日』は、私の中に存在しませんでした。でも、『移動図書館が来る』と、カレンダーをもらってからは、『この日が楽しみ』と、思える気持ちが再びもてるようになったんです。嬉しかった‼本が読める事はもちろん、リクエストにも答えてくれて、その上、皆さんとお話しをするとホッとするという三拍子‼仮設を出てからも、その楽しみを失う事はありませんでした。(中略)皆さんと会えなくなるのがさびしいです。本当です。楽しいひと時をありがとうございました。すくわれました。一生忘れないと思います」
このような活動に、地元の公立図書館の関係者の皆さんも共感され、それぞれの活動に取り入れてくださるようになった。陸前高田市立図書館は、お茶を飲みながら利用者とおしゃべりをする会、「井戸端図書館」を定期的に行うようになった。山田町立図書館や南相馬市立図書館は移動図書館を始めることになった。
こうした活動に賛同され、図書館学の小林卓先生(実践女子大准教授)が次のように教えてくださった。「かつて古代ギリシャの都市テーベにあった図書館の入り口には、『魂の治療所(心の薬局)』という銘刻が掲げられていたのです。心の問題解決のために本が用いられていたのでしょう」
時代や地域や形は異なれど、東北での活動を通して、私たちは「魂の治療所(心の薬局)」としての図書館の原点を発見したのだと思っている。
さて、現在、世界中でSDGs(持続可能な開発目標)に取り組んでいる。ただ、一つ気になっていることがある。それは、そこに文化という言葉が一つも見当たらないことである。なぜなのか。おそらく「人間には体の栄養ばかりでなく、心の栄養が必要」という認識が欠落しているか、あまり大切に考えられていないからではないかと推測する。だとすれば、そこにSDGsの弱点があるのではないだろうか。
人間と自然を一体と捉え、身体とともに心の健康も大切にされ、一人ひとりの尊厳が重んじられる社会。そのトータルな調和があってこそ、願わしい人間社会に近づけるのではないだろうか。もっと文化を大切にした開発、一人ひとりの心の健康、心の栄養を大切にした開発でなければならない――。切にそう思っている。
ちなみに今年の1月1日、朝日新聞にノーベル賞作家アレクシェービッチ氏のインタビューが掲載された。その中に「わが意を得たり」と思う言葉があった。それを紹介してこの稿を結びたい。
「私たちが生きているのは孤独の時代だと言えるでしょう。私たちの誰もが、とても孤独です。人間性を失わないためのよりどころを文化や芸術の中に探さなくてはなりません」