人間には心の栄養も必要(1/2ページ)
シャンティ国際ボランティア会専門アドバイザー 大菅俊幸氏
記憶は、過去のものではない。それは、すでに過ぎ去ったもののことではなく、むしろ過ぎ去らなかったもののことだ。とどまるのが記憶であり、じぶんのうちに確かにとどまって、じぶんの現在の土壌となってきたものは、記憶だ。(中略)じぶんの記憶をよく耕すこと。その記憶の庭に育ってゆくものが、人生と呼ばれるものなのだと思う。
長田弘『記憶のつくり方』より
あれから12年――。困難から立ち上がろうとする東北の人たちから学んだことは計り知れない。人間の優しさや強さを学び、助け合うことの美しさ、難しさも学んだ。少しでも未来を考えるための一助となればと願って私たちの記憶の庭を掘り起こしてみたい。
私たちシャンティ国際ボランティア会は、東日本大震災の発災直後から現地入りし、調査を重ね、2017年まで6年間、被災地の支援活動に取り組んだ。岩手、宮城、福島に拠点を構え、緊急救援から復興まで活動は多岐にわたった。とくに今回、国内で初めて取り組んだのが図書館活動である。それはなぜだったのか。少し説明させていただきたい。
図書館活動は、当会が約40年にわたってアジア諸国で取り組んできた活動である。当会の活動の中心であり、特徴となっている。
1980年、カンボジア難民の支援活動を開始した当初、私たちは素人同然で、何から手掛けたらよいか分からない実態だった。それでも子どもたちに支援が届いていないことに気付き、ある日、絵を描かせてみた。すると驚いたことに、手を縛られて歩く人やリンチを受けて流血している光景などばかり。ポルポト政権時代、内戦状態にいた子どもたちは、そうした光景しか見てこなかったのだ。
ショックを受けた私たちは、この世界には素晴らしいものもたくさんあることを伝えたいと思って、美しい写真が掲載された図鑑や絵本を日本から手配して子どもたちに見せることにした。それが現在の図書館活動につながっている。
難民支援は食糧や医療の支援が常識と言われ、「なぜ本なのか」と、当時、各所からかなりの批判を受けた。そこで、心配したあるカンボジア人スタッフが子どもに尋ねてみた。「絵本とお菓子どっちがいい?」。すると、少し考えてから答えてくれた。「お菓子は食べたらなくなるけど、何回も楽しめるから絵本の方がいい」。人間には身体の栄養だけではなく、心の栄養も必要なのだ――。そのことに気付かせてもらった忘れがたい体験である。図書館活動の意義について確信を得た時であった。
そのような背景があるので、東日本大震災の発災後ほぼ1カ月のころ、被災された方々の心のケアのためには、やはり図書館活動が必要ではないかと考え、現地入りして図書館の被災状況を調査した。すると、ほぼ壊滅状態となっており、図書館の復興などは後回しになることが予想された。
「こんな時だからこそ、今出会う本が一生の支えになると信じています。食べ物は食べたらなくなります。でも読んだ記憶は残ります。だから図書館員として本を届けていきたいのです」。気仙沼で出会った図書館職員の切実な声が私たちの背中を押した。こうして2011年7月、私たちは国内で初の図書館活動に踏み出した。陸前高田市を皮切りとして、その後、宮城、福島へと広げ、17年の7月まで続けることになる。