京都が京都でなくなる?(1/2ページ)
龍谷大名誉教授 田中滋氏
今は知る人も少ないが、京都は太平洋戦争末期に原爆投下の候補地となっていた。現在では世界中から拝観者や観光客が訪れているが、原爆が投下されていたら、今の賑わいは夢物語である。
その京都が外国の軍隊ではなく、北陸新幹線延伸計画(小浜ルート)という公共事業によって危機にさらされている。小浜ルートは、小浜駅(福井県)を出た後、丹波山地をトンネルで貫き京都市内へ、市内も地下で京都駅へ、さらに地下を通って京田辺市へと迂回して新大阪駅に至る。総延長140㌔㍍中113㌔㍍がトンネルという「地下鉄」新幹線である。
トンネルは岩盤を掘削する山岳トンネルと土砂を掘削する都市トンネルに分けられる。トンネルの掘削では、トンネル内部への湧水(トンネル湧水)が周辺の地下水位の低下を招き、地表部での渇水・減水(河川流量の減少、井戸の枯渇)や地盤沈下を起こす。
戦前の丹那トンネル(東海道本線)は山岳トンネルの湧水問題で有名である。芦ノ湖3杯分(6億㌧)のトンネル湧水が発生し、トンネル直上の丹那盆地で水枯れが起こった。被害は七十余町歩に及び、農家は酪農への転換を余儀なくされた。京都東山の稲荷山トンネルでも渇水・減水が起こった。トンネル直上は東福寺境内を流れる三ツ橋川の源流に当たる。東福寺の川のせせらぎと秋の紅葉は素晴らしい。しかし、「トンネル工事の影響で川の流量が減少したため、トンネル湧水を流入させ、川も三面張り」にした(西垣誠「トンネル施工における地下水環境保全」『地下水学会誌』2020年)。
山岳トンネルの湧水には工事中の「集中(突発)湧水」と工事後の「恒常湧水」がある。集中湧水はトンネルが掘削される山体内部の地下水位がトンネルまで下がる(山体内部の地下水が抜ける)と止まり、以後は恒常湧水となる。
丹波山地を貫く小浜ルートでも同じことが確実に起こる。トンネル直上の丹波山地の山々の地下水位が下がり、周辺河川の流量は大なり小なり減少する。小浜市の南川、京都府南丹市美山町の美山川(由良川)、上桂川・清滝川(保津川水系)、京都市内に流れ込む賀茂川、貴船川などだ。丹波山地一帯は京都丹波高原国定公園となっているが、小浜ルートは公園の核心部(京都大学研究林・芦生の森)の直近を通過する。
古代インドにおいて、水は永遠に宇宙を循環し本質を変えず不滅であることから、「真実」と「信頼」を象徴するものと見なされ、祭式・儀礼において重要な働きをしてきた(阪本純子「『水たち』と『信』」印度学宗教学会『論集』08年)。こうした考え方は世界各地に見られ、沐浴は聖なる水による浄化の典型である。
貴船神社は水の神様として信仰されてきたが、トンネル工事は貴船山や鞍馬山の地下水を枯渇させ、神社の神水を涸らすことになりかねない。減水した貴船川では夏の川床の風情も失われる。奈良・東大寺二月堂のお水取りは、小浜の遠敷明神の「お水送り」から始まる。春を告げるこの行事も丹波山地の水が涸れれば台無しである。トンネルが水に象徴される真実と信頼に背いては困る。
都市トンネルについても触れておこう。京都市内と新大阪駅までの区間では、「大深度地下使用法」を適用して地下40㍍以上の深さのトンネルが造られる(この法律の下では地上の地権者の同意は不要)。都市部の地盤沈下が生じる所では、ほとんどシールド工法が用いられ、地下水への影響のない施工がなされるはずである。しかし、調布市の東京外郭環状道路工事では住宅街が陥没した。浅岡顕名古屋大名誉教授(地盤工学)は、残土が産業廃棄物とならない低コストの工法の採用と熟練技術者の不足も原因と指摘する。調布では現在、立ち退きと住宅の解体が始まろうとしている。
京都の重要文化財や世界遺産の建造物の地盤が陥没や不等沈下を起こしたならばどうなろう。立ち退きや解体ができるはずもない。五重塔などの建造物がピサの斜塔のようになるのは見たくもない。