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戦士たちの冑佛信仰(2/2ページ)

日本甲冑武具研究保存会評議員 河村隆夫氏

2022年11月30日 12時50分
冑佛信仰の誕生

冑佛信仰が誕生した平安末期は、前九年・後三年・保元・平治と戦乱が続き、その後も天変地異が頻発して世はまさに末世の様相を呈していた(『方丈記』)。そのとき比叡の山上から降り立った僧が法然上人である。上人は専修念仏を説いて衆生の救済を始めた。このように宗教が国家鎮護から個人済度へと向かう潮流の中で、戦士は日々凄惨な死闘に明け暮れ、殺生の罪業に懊悩して浄土の招来を願った(『広疑瑞決集』)。それは頼朝から400年後に「厭離穢土欣求浄土」の旗を戦場に掲げた徳川家康をみても分かる。

太刀筋ひとつ過てば戦士は死ぬ。白刃を躱す瞬間、冑佛信仰が戦士の内奥に誕生したのである。

小仏信仰は平安中期以降の風習で、人々は髻に小仏を納めたとされている(『東山往来』)。初めは単なる念持仏であった髻の小仏が、どのようにして冑佛信仰に深化し確立していったのか。それは現代のアスリートが、鍛錬の末にゾーンと呼ばれる変性意識に達するように、戦場の戦士は、更に強烈な神秘体験の洗礼を受け、その体験が、冑佛を確固たる信仰対象に育て上げたのであろう。キリスト教の列聖の条件に奇跡があるように、冑佛信仰は戦場での神秘体験に裏打ちされたと筆者は考えている(拙稿「冑佛考(五)―冑佛信仰の宗教的基礎―」)。

平安末期の専修念仏が国家鎮護の顕密八宗にとって異端とみなされ弾圧された歴史は、冑佛を異端と自覚し、それでも自己の真実の信仰として髻に秘めた戦士の心境を類想させる。

このように、単なる念持仏と全く異質の冑佛信仰は、宗教の原初の姿を留めている。それは一代限りの新興宗教と云って良く、戦士の胸に生まれて戦士の死とともに消滅していった。この戦士特有の私秘的信仰について、『吾妻鏡』治承四年八月二十四日条はこのように記している。

源頼朝が石橋山の戦に敗れ、死を覚悟したとき、(八幡神を氏神とする源氏の棟梁である頼朝の)髻観音を他人が見れば、源氏大将軍のすることではないと他人は悪しざまに言うであろう、と吐露している。源氏の氏神の八幡神は武神であり、観音は母神である。それゆえ頼朝は、源氏大将軍に観音は相応しからぬ守護仏として、秘すべきものと断じたのであろう(拙稿「『洞窟の頼朝』にみる小仏信仰」)。

まとめ

戦士が篤く神仏を信仰したのは、戦場が神仏に支配されているからである。敵の矢が喉を貫くか、掠めて飛び去るかは人知を超えたところにある。それは現代も同じで、国土防衛戦のウクライナ軍兵士は、イエスの名のもとに突撃するであろう。斃れた兵士の胸に十字架を見ても、他人はそれを悪しざまに言うことは無い。公の信仰と個の信仰とが一致しているからである。

一方、多神教の日本において、平安末期の戦士は、一族の信仰と異なる冑佛を髻に秘めて出陣した。戦場の神秘体験によって更に強化された冑佛信仰は、云わば異端信仰ゆえに「人定めて誹りを胎すべし」(『吾妻鏡』)として、戦士は自身の信仰を語らなかった。それゆえ冑佛は永く世に知られなかったのである。

戦士は、戦場の己を救うのは己しかいないことを身に沁みて知っていた。鮮血を浴びて敵を斬る己の姿を見つめているもう一人の己、それこそが冑佛であった。それは内なる仏性の発露であった。幼いころから己に寄り添い、小さな癖も、殺生の苦しみも、すべてを知悉している自身の化身である冑佛。このように、冑佛は、他界した戦士の閉じた精神宇宙のすべてを秘めて、しずかに眠っている。本来この世に顕れるものではなく、それは永遠に知られざるべき秘仏であった。

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