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阪神虎舞がはたせる未発の役割 ―動態保存の可能性―(2/2ページ)

民俗学者・坐摩神社権禰宜 橋本裕之氏

2022年3月29日 09時08分

虎舞は岩手県沿岸部を代表する郷土芸能であり、釜石市内だけで14団体、大槌町内でも5団体が活動している。虎を象った頭を被り、虎の柄を描いた幕の中に入って、囃子に合わせて舞う。「虎は千里行って千里帰る」ということわざによっても語られる虎の習性に因み、漁民の航海安全を祈願するものである。だが、そもそも虎舞は江戸時代の豪商として知られる3代目前川善兵衛助友(吉里吉里善兵衛)が関西で活動した近松門左衛門の人形浄瑠璃『国性爺合戦』を江戸で見て感動して、2段目の「千里が竹」における和藤内虎退治の場面を船方に習わせた。これが各地に伝わっていったらしい。動態保存の嚆矢とでもいえそうだが、そうした虎舞が関西に移植されたわけだから、いわば本貫地に回帰したとも考えられるだろうか。

といっても、動態保存という視座は当初こそ考えていなかった。ところが、19年3月10日、張り子の虎が授与される神農祭で知られる少彦名神社(大阪市中央区)において、「東北文化復興祈念祭~城山虎舞に導かれた阪神虎舞初奉納~」が斎行された際、別所賢一宮司が動態保存に繋がる興味深い意見を提示してくださった。その内容は阪神虎舞を来るべき災害に備えて虎舞を遠隔地において保存するプロジェクトとしても評価することができるだろうというものだった。

動態保存は通常、建築を使いながら保存する意味で用いられている。本来の目的で活用しながら保存するのが動態保存だとしたら、虎舞も包含される無形民俗文化財はそもそも動態であるため、動態保存という概念は違う意味を帯びるはずである。今日、無形民俗文化財の保存を推進する方法は、記録作成が主流であると考えられている。記録作成が保存に役立つことは否定しない。だが、それは必ずしも保存に資する直接的な効果を持っていないようにも思われる。数多くの無形民俗文化財が消滅の危機に瀕している今日、記録作成だけが有効な方法であるというわけでもないだろう。被災した郷土芸能の保存を推進する上でも、記録を作成することが唯一絶対の方法であろうはずがない。

過激な比喩であることは承知しているが、虫籠に入れて放置していた昆虫が弱っていたら、餌や水を与えてみるはずである。共食いを始めそうだったら、引き離さなければならない。昆虫の行動を観察して記録を作成するよりも、環境を改善して昆虫が生命を維持することができるような諸条件を整備することが先決である。観察して記録を作成することは、喫緊の問題を解決するためにも必須な作業であるが、昆虫が死んでしまったら元も子もない。記録を作成することが目的化してしまうことは間違っている。

とりわけ阪神虎舞は関西という遠隔地において東日本大震災に関する記憶の風化に抵抗するプロジェクトとして発足したため、図らずも遠隔地における動態保存の可能性を胚胎している。すなわち、阪神虎舞は関西という遠隔地において虎舞を動態的に保存することによって、岩手県沿岸部に数多く分布する虎舞が将来において危機に瀕したさいも、虎舞という地域文化が失われる危機を分散させたり回避したりする方法として効果を発揮すると考えられるのである。しかも、実装実験を意図した調査研究の一環であるため、阪神虎舞のメンバーも虎舞が民俗として伝承されている動態を十二分に理解した上で、大槌城山虎舞のメンバーとも親しく交流する機会を積み重ねている。そうだとしたら、阪神虎舞じたいが「生きたストレージ」として、岩手県沿岸部の虎舞に関する実践的な知識を多少なりともバックアップすることもできるはずである。

もちろん大槌まつりにおいて大槌城山虎舞に参加したといっても一時的なものであり、真正な伝承者として転生したわけでもない。だが、ある程度ならば虎舞を伝承する心意をも共有することができたと考えている。じっさい、阪神虎舞は新長田に拠点を置いているため、被災地の現在を生きる経験は大槌城山虎舞とも少なからず共有している。したがって、虎舞という芸能を介して新長田と大槌、関西と東北を架橋する試みは、動態保存の可能性を追求するためにも継続していきたい。そして、いつか阪神虎舞が新長田に根ざした郷土芸能として、阪神甲子園球場で阪神タイガース対東北楽天ゴールデンイーグルスの交流戦で披露される日が来ることを本気で夢見ている。

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