役員欠格条項改正による寺院への影響(2/2ページ)
弁護士 大島義則氏
ただし、宗教法人法を見ずに寺院規則のみを見て寺院運営を行う例も多い。このような誤った寺院運営を回避するためには、できるだけ速やかに寺院規則の変更手続をすることが望ましい。
宗教法人法改正により欠格事由を個別的・実質的に審査する仕組みに変わったことについて、問題がないわけではない。従来は成年被後見人・被保佐人であるか否かという形式的基準により欠格事由を明確に判断することができたが、個別的・実質的審査基準が導入されたことによって欠格事由に該当するか否かの判断が不明瞭になったのである。
19年6月18日、文化庁宗務課長は、欠格事由に該当するかどうかについて「各宗教法人が個別的、実質的に判断することとなる」と指摘する通知(元文宗務第23号)を発出している。宗教法人の責任役員等の職務としては、例えば、予算編成、決算承認、財産処分、借入及び保証、事業管理運営、規則変更、合併及び解散並びに残余財産処分等についての議決参加などが想定され、各宗教法人は個々のケースごとに役員の職務内容を踏まえながら個別的・実質的に欠格事由を判断していかなければならなくなる。
「成年被後見人又は被保佐人」ではないが住職の認知能力が著しく低下しているような場合、個別的・実質的に見て改正後の欠格事由に該当しうるケースが出てくる可能性もある。もちろん認知症になったからと言って直ちに役員欠格事由(宗教法人法22条2号)に該当するわけではないが、仮に認知・判断・意思疎通能力の著しい低下により役員欠格事由に該当すると判断された場合には代表役員の地位を失うことにもなりかねない。
多くの寺院では、宗教法人の代表役員たる地位は住職の宛て職とされており、代表役員の地位(法律上の地位)と住職の地位(宗教上の地位)を併有しているケースが多い。宗教法人法改正に合わせて、各宗派の整備している住職任免規程も、住職の欠格事由を「成年被後見人又は被保佐人」から「心身の故障によりその職務を行うに当たつて必要となる認知、判断及び意思疎通を適切に行うことができない者」へと改正している場合がある。この場合、代表役員の地位のみならず、同時に住職の地位も失う可能性もあるので注意が必要である。
役員欠格事由該当性の判断基準が曖昧になった結果、欠格事由に該当して代表役員を自動退職している者について寺院の代表権があるものと誤信して取引した相手方をどのように保護すべきか、という問題が発生しうる。この問題に関しては、取引の安全を保護するために各法律で定められた第三者保護規定が活用されることで、多くの場合には取引の相手方が救済されることになるのではないか。逆にいえば、寺院側としては、認知症の住職が行った契約行為であったとしても、事後的に契約の有効性を否定できない可能性があり、注意が必要である。
そのほかの問題として、代表役員・住職等の地位について寺院をめぐる紛争が発生する可能性もある。例えば、認知症の進んだ寺院の代表役員・住職について、既に代表役員・住職の地位を失っていると主張する者が出てくる可能性がある。住職の地位は法律上の地位ではなく宗教上の地位であるため、住職の地位の存否に関する地位確認訴訟を提起することはできない。このような訴えには法律上の争訟性がなく、訴えを提起しても却下されることになる。しかし、法律上の地位である宗教法人の代表役員の地位に関しては、代表役員の地位確認訴訟や代表役員の地位不存在確認訴訟が提起される可能性はある。
問題を防ぐためには、住職が元気なうちに後任住職・代表役員を探して、うまく引き継ぎを行っていくことが重要であろう。ノーマライゼーションやソーシャルインクルージョンの理念に照らせば、高齢者や障害者も、職務をこなせる限り社会的な役割を果たしていけるようにするべきであり、今般の宗教法人法改正はそれを可能にするものである。
もっとも、高齢化社会の進行による住職の高齢化問題にも適切に対処していく必要がある。後任住職・代表役員をめぐる寺院の法律紛争は現在でも日本中に多数存在するが、そのような法律紛争を防ぐためにも事前の予防策は打っておくべきであろう。