最上稲荷山妙教寺のおみくじ(1/2ページ)
成蹊大文学部教授 平野多恵氏
寺社でおみくじを引いたとき、どこを見るだろうか。吉凶に一喜一憂する人は多いが、注目すべきは神仏のお告げを示す詩歌である。その形式でおみくじを分類すると、寺院に多い漢詩みくじ、神社に多い和歌みくじ、詩歌のないおみくじに三大別できる。
漢詩みくじは観音菩薩のお告げとされる観音籤が一般的で、今も多くの寺院で授与されている。江戸時代には、法華経や関帝のおみくじも流布していたが、それらは次第に廃れ、観音籤以外は、ほぼ姿を消してしまった。
そのような中、最上稲荷山妙教寺(岡山市北区)のおみくじは、江戸時代の版木を継承し、法華経の詩句と和歌の双方を載せ、神仏習合の信仰を伝えて貴重である。日本のおみくじの歴史を踏まえ、その特徴と意義を紹介したい。
最上稲荷山妙教寺は日蓮宗の寺院である。最上稲荷と呼ばれ、伏見稲荷・豊川稲荷とともに日本三大稲荷の一つとされる。
縁起によれば、8世紀後半、報恩大師が孝謙天皇と桓武天皇の病気平癒を祈願して快癒した功績によって勅命があり、「龍王山神宮寺」が建立されたという。これが最上稲荷の前身である。「神宮寺」とは神社に付属して建てられた寺院で、神前読経などの神社の祭祀が仏式で行われていた。
明治の神仏分離令で神仏習合の寺社のほとんどが分立・廃絶したが、最上稲荷は祭祀形態や大鳥居、神宮形式の本殿をはじめ、神仏習合の信仰文化を今に伝える。そのおみくじも法華経の詩句と神のお告げの和歌が併記されたもので、神仏習合の名残がとどめられている。
おみくじの写真をご覧いただきたい。
表面(写真左)は最上稲荷所蔵の江戸時代の版木を生かしたものだ。一段目に番号(第一番~第三十三番)、二段目に吉凶と法華経の一節、三段目の右側は「~ごとし」で終わる比喩の一文、左側には三十一文字の和歌がある。
裏面(写真右)の上部は表面を活字にしたもので、下部は「運勢」と生活の指針としての「こころがまえ」を示す。
写真の第二番「吉」は、上に法華経如来寿量品第十六所収「自我偈」の一節「令其生渇仰、因其心戀慕(其れをして渇仰を生ぜしむ、其の心恋慕するに因りて)」を載せる。釈尊が入滅して姿を現さないことで、かえって人々は釈尊を渇仰し、恋慕することになるという意味である。
下段右の「限りなく思ふ人に逢ふがごとし」は、法華経の内容を恋愛にたとえている。左の和歌「かくばかり心の内の打ちとけて君に睦言いふぞうれしき」は、心をひらいて恋しい人と語り合う喜びをいう。どちらも上段に引かれた法華経の内容と関わっている。経文理解の一助として添えられたものだろう。
裏面の「運勢」と「こころがまえ」は、表面の内容を現代語で解説している。
最上稲荷のおみくじが、このような両面印刷になったのは1997年のことである。以前は版木の文字を活字にしただけのもので、わかりにくいという意見が多かったため、現在のかたちに改訂したという。
英訳版もある。最上稲荷では2015年頃から外国人観光客が急増し、同年12月に英語版ホームページをリリースした。16年に本殿周辺にフリーWi-Fiを設置し、インスタグラムの公式アカウントを開設、17年2月に英訳おみくじの授与が始まった。英訳版の表面は日本語版と同じく木版の印刷で昔ながらの趣を残し、裏面に英語で吉凶、運勢、心がまえを記している。