成年後見制度は宗教にどのような影響を与えるのか(2/2ページ)
広島文教大非常勤講師・浄土真宗本願寺派専正寺住職 深水顕真氏
こうした「宗教寄付」に抑止的な後見人の傾向は司法書士に対して行った次のインタビューにも見られた。
「後見人の思想や心情も大きくかかわってくるため、(宗教的寄付は)結局はやらない方が無難となるのだろう。制度的な問題として、寄付などはやらないことで咎められることはない。寄付することのハードルが高すぎるため、結局リスクを取らなくなる」
ほとんどの宗教教団は「宗教寄付」を経済基盤に成立している。今回の調査からは、これまで相当の寄付を行ってきた人物が成年後見制度を利用した場合、記念事業などの大きな金額の「宗教寄付」は後見人による代理支出としては許容されないと考えられる。
さらにこうした記念事業の場合、依頼額を大きく超えた「篤信的宗教寄付」が期待される場合がある。後見人が代理した場合、こうした「篤信的宗教寄付」は当然許容されないであろう。
確かに、成年後見制度は大多数が利用するものではなく、宗教の経済基盤自体がすぐに大きな影響を受けるとは思えない。しかし、一定の保護基準(例えば「通例以上の寄付は行わない」)が法律的な立場から示された場合、制度利用者以外にも影響を与えることが考えられる。
さらに今回の調査ではカルトや霊感商法などの反社会的宗教に対してそれを判断する一般的基準はなく、マスコミやインターネットを参考に個々に判断していることが分かった。また積極的な寄付を行わないことでリスクを避ける傾向も見られた。この結果からは、本人の「宗教寄付」への意思を積極的に推定するより、社会の安全が優先されていることがわかる。
現在、厚生労働省では成年後見における意思決定のガイドライン策定に向けた作業を行っている。最高裁判所や専門職団体(弁護士、司法書士など)も参加するワーキング・グループは、「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」のモデルをホームページ上に掲載している。
このモデルでは、成年後見は本人の意思決定を支援し推定することを基本とするが、それができない場合、「本人にとっての最善の利益」を基準に、後見人等が代理決定するものとされる。
この場合の最善の利益とは「本人の意向・感情・価値観を最大限尊重することを前提に他の要素も考慮するという考え方。客観的・社会的利益を重視した考え方は採用していない」。しかし、このガイドラインの趣旨は調査結果にみられた「宗教寄付」への抑止的かつ社会の基準に基づいた回答傾向とは相反しているように思われる。今後のガイドラインの議論のなかで、この相反がどう収束されるかを注視したい。
この研究は、積極的に「宗教寄付」を行ってきた信仰者が成年後見制度を利用するに至った場合、それまでの信仰行為が第三者によってどこまで尊重されるのかをテーマとしている。司法書士を対象とした今回の調査では今後に向けての複数の論点を得ることができた。
まず、現状では宗教・信仰領域において明確な判断基準はなく、結果として後見人としてはできるだけ「何もしない」という抑止的な判断へ収束している。これは「宗教寄付」を減少させ、宗教の経済基盤に影響を与える可能性があるのではないか。
一方、仮にガイドライン等が示された場合は、個人のこれまで持ってきた信仰行為が法的制度の中で制限される懸念がある。また、カルトや霊感商法などの反社会的宗教団体がそのガイドラインを悪用し、抜け道を探る可能性もあるだろう。今後この論点は「信教の自由」と社会安全という大きなテーマにつながると考える。