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存在を支える「まなざし」の考察(1/2ページ)

時宗教学研究所所員・一向寺住職 峯崎賢亮氏

2019年4月5日
みねざき・けんりょう氏=1956年生まれ。東海大医学部卒、同大学院博士課程修了。医学博士。時宗一向寺(茨城県古河市)住職。時宗教学研究所所員。2008年、第4回涙骨賞最優秀賞受賞。著書に『四十歳からの南無阿弥陀仏』(文芸社)。

人は自己の存在を認識するためには、他者を必要とする。この問題を考察した、英国の精神科医であるR・D・レイン(1927~89)は『自己と他者』の中で、夫が妻の、妻が夫の存在をそれぞれ与えあっている、というような関係性を「補完性」と表現している。この補完性は、教師と生徒、医師と患者の関係でも成立する。では具体的に、自己の存在を認識するためには他者の、何が最も重要なのか。それは他者からの「まなざし」であると筆者は考えている。他者と交わす視線のうち、何らかの思いや感情が感じられるものを「まなざし」という。発達心理学者の浜田寿美男氏は「人には、誰かから見られているという事を意識することによってはじめて、自分の行動をなしうるというところがある」と言っているが、これこそ他者からの「まなざし」を意識することの指摘であろう。

多くの日本人は、不特定多数の他者からの「まなざし」を、世間の目として気に掛ける一方で、物作りの達人が自らの技に誇りが持てるのは、「あの人の技術は凄い」と賞賛する「まなざし」を意識するからであり、その「まなざし」を裏切ることができないと意識するからこそ、なお一層の精進が生まれる。他者からの「まなざし」は、時に自分を苦しめることもあるが、時に自分を支え、時に飛躍の原動力にもなる。

(1)「まなざし」の持つ特性

諺に「目は口ほどにものを言い」がある。確かに「まなざし」には、そういった一面があるにしても、送り手の意図が、受け手に必ずしも伝わるわけではない。送り手が、どれほど強い感情を込めて送った「まなざし」でも、受け手が気づかないこともあるし、逆に送り手には特別な意図などない、単に視線を向けただけであっても、受け手が特別な「まなざし」として受け取ることもある。その典型が嫉妬や差別に対する怒りの「まなざし」である。嫉妬の「まなざし」の場合、受け手はその「まなざし」に気づかないことが多い。一方、差別する側の、なにげなく向けた視線でも、受け手である、差別される側には怒りを呼び起こす「まなざし」となり得る。つまり「まなざし」が重要な意味を持ち得るのは、送り手・受け手双方に「思い込み」が働くからである。身振り・仕草、過去の体験、おかれている状況などにより、相手が発する視線を、ある種の感情が込められた「まなざし」であると思い込むのである。

受け手の思い込みが、送り手の「まなざし」に特別な意味を与えるのは、レインのいう補完性の関係が崩壊した時において顕著となる。日常生活の中では、時に特別な「まなざし」を感じることがあるにしても、多くの場合、交わされる視線は自明性として受けとめられ、意識することはあまりない。しかし、その視線が、お互いの存在を支えていた「まなざし」であったことに気づくのは、相手を失った時である。特に、死なれるという体験は、相手の視線が「まなざし」として甦っても、自分の視線の宛先であるはずの相手が、もはや存在しないことにより、思いが一方通行になった、という感情を生起する。

一方、自らの存在を支えていた「まなざし」は、決して消え去ることがなく、何かを契機にして甦る。筆者が現役の内科医であった頃、当時80代の患者が90代の恩師と、病棟において70年ぶりに再会したのを契機に、それ以降、元生徒であった患者は先生から信頼されていた級長を、元教師は生徒から尊敬されていた先生を彷彿させる行動をとるようになった。恩師からの「まなざし」も、生徒からの「まなざし」も、双方においては決して消え去っていなかった。その光景を目にしていた主治医の筆者もまた、患者であった彼らからの「まなざし」が、決して消え去ることなく、自らの存在を支えていたことに気づかされた。

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