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聖地巡礼と仏典(2/2ページ)

大谷大教授 山本和彦氏

2019年3月8日

クシナガラはブッダ入滅の地である。あと100キロ北西に進めば、生まれ故郷のルンビニーであった。ブッダはマガダ国ラージギルから、ガンジス川を渡りヴァッジ国に入り、マッラ国のクシナガラまで歩いて来られた。そして沙羅双樹の下、頭北面西右脇の北枕で亡くなった。それはまさに、大般涅槃(偉大なる完全な涅槃)であった。

聖地と仏典

聖地に行く前には、その準備としてその聖地の歴史を知っておく方がよい。そこで起こった出来事やそこで生まれた物語もその歴史の一部である。歴史を知ることによって、時間を遡ることができる。そのために、人は聖地を巡礼するのである。そして、仏教の聖地に行くのであれば、その聖地にふさわしい仏典を読んでおくのがよいだろう。仏伝としては、『聖求経』と『マハーパリニッバーナ・スッタンタ』(南伝『大般涅槃経』)が重要であるが、聖地ごとにふさわしい仏典もある。

筆者の場合、インドの仏跡に行く際には毎回必ず、中村元訳『ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経―』(岩波文庫、1980年)を持参している。ブッダ最後の旅はラジギールから出発して、最後はクシナガラまで歩いて行くものであった。しかし、現代人はその行程をバスで行く。それでも毎日5、6時間、インドの穴だらけの道をバスに乗っていれば、身体はかなりつらい。80歳のブッダが徒歩で旅したことは、現代人の想像を超えている。バスでの移動でも『ブッダ最後の旅』の文庫本があれば、不思議なことにブッダとともにいるような感覚になる。文庫本は法(ダルマ)であり、お守りである。

ルンビニーに行くときには、『ブッダチャリタ』(『仏所行讃』)を読むのがふさわしい。ブッダ生誕の様子が描かれている。原文のサンスクリットは、アシュヴァゴーシャ(馬鳴)によるカーヴィヤと呼ばれる美文体である。生誕直後に7歩を踏み出したことや、「私は悟りを開くために、世間の利益のために生まれてきた。これが私の現生での最後の生まれである」と宣言されたことや、大地が振動し、白檀の香りの青や赤の蓮華をともなう雨が降ったことなどが語られている。

ブッダガヤーでは、『ヴィスッディマッガ』(『清浄道論』)がふさわしい。ブッダの悟りの内容である苦、苦の集、苦の滅、苦滅の道という四聖諦が説明されている。

サールナートでは、『初転法輪経』がふさわしい。ブッダの最初の説法である中道、八正道、四聖諦が、以前苦行をともにした修行仲間5人に対して説かれている。彼らは阿羅漢の境地に達し、受戒した。

クシナガラでは、『マハーパリニッバーナ・スッタンタ』がふさわしい。ブッダの最後の旅、そしてブッダの最後の言葉が記されている。ブッダは比丘(修行僧)たちに、「諸行は滅するものである。怠ることなく、〔修行を〕完成させよ」と最後の法(ダルマ)をお説きになった。

ラージギルでは、『スッカヴァティー・ヴィユーハ』(『無量寿経』)がふさわしい。ラージギル(王舎城)のグリドラクータ(耆闍崛山、霊鷲山)で、この経典は説かれた。サヘート・マヘートでは、『金剛般若経』がふさわしい。祇園精舎をブッダに寄進したスダッタの話が出てくる。ヴァイシャーリーでは、『維摩経』がふさわしい。主人公であるヴィマラキールティ(維摩居士)は、ヴァイシャーリーの富豪であった。サンカーシャでは、『増一阿含経』がふさわしい。サンカーシャは、三道宝階伝説の舞台となっている。

日本で空調の効いた部屋のなかで仏典を読んでいても、頭のなかだけでの理解で終わってしまう。聖地を巡礼すれば、インドの風を身体で感じることができれば、身体全体にブッダの説いた法(ダルマ)が充満することだろう。

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