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解放への祈り(2/2ページ)

真宗大谷派教師 兪渶子氏

2018年12月14日

日本の社会は異者に対して過敏に反応する。一人ひとりの善良な資質は「和」を乱さぬことで、村の共同体の中で安心を得る資格の一つに吸収される。独自性は集団の中に取り込まれ追随を要求される。「目立たぬよう生きなさい」と教えたのは、子たちが通う小学校の教頭先生。しかし、このことは日本に限ったことではない。どこにでもある人間の持つ悲しみだと私は思う。いつでも他者を見失った時、閉塞して行くのだろう。鄭先生の言葉は、悲しみの共感と選択できる自由を教えてくれた。「アイデンティティーは僕自身」と教えてくれた3世の言葉が閉ざされませんように、選択する自由が開かれますように、願わずにはいられない。

誰一人代わることができない自分自身。一番出会い続けなければならない自分自身。たった一人では生きることができないことは自明のことなのに、世界に争いが止むことがない。愛するものを傷付けてしまう悲しみも衰えない。

連日のように報道されるどこかで起きている戦争。平和のためだという軍事パレードがテレビの画面に映しだされる。他所事のように届いた出来事は、今身近になっていないか。

沖縄に暮らす私は、延々と続くかのようなアメリカ軍基地の鉄条網を日常の中で見ている。当たり前になってしまった風景だ。しかし、当たり前の前提に戦争を想定した在り方が間違っている。「当たり前にしたくない」と言う人々の声はいまだに届かず、沖縄戦の記憶は遠ざかり、時は日常の暮らしに充足の錯覚を与える。気が付けばヒタヒタと忍び込んできた不条理。

歴史から何も学ばなかったかのように、過去の過ちが正しかったと塗りかえられ、再び準備される戦争への道。「弱かったから負けた。勝つためには強い軍事力こそ必要だ」という言葉を様々なところで聞いた。戦争に正義など有りはしないのに。

「世の中安穏なれ、仏法ひろまれ」と願われた宗祖親鸞の言葉を、連日軍機が飛び交う沖縄の空下で思う。

朝になると、パンパンと手を打って太陽に祈り、月の夜は静かに手を合わせ祈る母の姿は私に自然に対する畏敬の念を教えた。それは誰の中にもある。人間の根底にある純朴な宗教心だったのだ、と今の私は思う。

日本の植民地になった朝鮮半島で生まれた母は、解放された祖国で生活することができないまま、日本の大地に骨を埋めた。学ぶ事を取り上げられた世代の女たちの一人だ。言葉が通じない異国で故郷の両親を思い、子たちの未来が幸せであるように祈ったに違いない。抗うことのない沈黙の祈り。

沈黙の祈りは私に問いを残し、自然は調和を教えてくれた。先頃(9月30日)の台風が去った後なぎ倒されたバナナの木の側に小さな株が育っていた。全て余分なものを払い落とした大木は亜熱帯の光を受けてたちまち新芽が息吹く、足元の黄色い小花は可憐に揺れて小さきものの強さを教えてくれた。倒れた所から立ち上がり咲き続ける花。名前も知らないけれど、いつからか庭に群生している。大切なことは調和だ。

「青色青光、黄色黄光、赤色赤光、白色白光」。仏説阿弥陀経のこの一説は一人ひとり、それぞれ光があることを教えて、調和の美しさを想像させてくれる。光は混ざり合うことなくそれぞれに輝いて競うことのない世界。卑屈にならず威張ることもない世界。

想像は幻想ではない。不条理を射る思考、調和を志向する意志だ。

「念仏は平和の祈り」、師が伝えてくれた言葉は私の生きる力だ。もはや、国家に翻弄されることのない精神の核になった。

私をじっと見る一枚の写真、問い掛けてくれた言葉、祈り、笑顔と涙。死者たちは何も語らない。生きていずれ死に行く私の身が聞く。そして、未来が問い掛ける。

私の動作を見ている小さな子の視線に気がついて、「何しているの」と聞いた。「見ているの」。真っ直ぐに私を見て、はち切れんばかりの笑顔で答えてくれた。「お年は?」と聞くと4本の指を立てた。初めて会った子の、その愛らしさ。未来よ。

私は過去と未来の今を生きている。捧げるのは解放への祈り。

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