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鎌倉時代における兼修禅と宋朝禅の導入 ― 中世禅の再考≪6≫(2/2ページ)

花園大国際禅学研究所研究員 舘隆志氏

2018年11月14日

道元の『正法眼蔵弁道話』には、禅僧が「サラニ真言止観ノ行ヲカネ修セン」ことに妨げがあるのかとの質問に対し、道元は中国の指導者から「仏印ヲ正伝セシ諸祖」で「カネ修」した人がいないと聞いたことを記している。道元は栄西の如き兼修という形はとらなかったことは広く知られているが、結果として比叡山側からの排斥にあうこととなった。道元自身は積極的に深山幽谷の地を目指し、京都を離れて越前永平寺の開山となるが、兼修しない布教形態が、まだ京都の地では難しかったことを示している。

円爾は入宋して径山の無準師範の法を嗣ぎ、帰国後に京都東福寺の開山として迎え入れられた。東福寺は、もともと禅寺として建立されていたわけでなかったが、円爾が開山となり、中国禅林の形式が取り入れられた。禅林としての形態を有しつつ、真言院や止観院が建てられ、真言宗や天台宗の祖師像も安置され、真言僧や天台僧も常駐した。この状況は、現在、研究者が「兼修禅」と呼称している状況である。

一方、巨大な東福寺にあって、当初の東福寺山内には真言・天台の顕密僧として3人が置かれ、禅僧集団は100人であった。禅・真言・天台のどれが中心であったかは明白である。すなわち、「兼修禅」という呼称からは、禅と真言と天台を等しく修していたかのような印象を受けるが、当時の東福寺の状況からはあくまで主流は禅であったことが窺える。

鎌倉後期の『雑談集』巻九に、東福寺が「〔当時の〕常の禅院よりも事の行(多)をほし」と記されている。円爾は「日本の僧」が、「坐禅の行疎略」ゆえに、「事の行」すなわち「事相」(口に陀羅尼を唱え手に印相を結ぶ)を多く修したようであるが、密教儀礼を兼ね修する状況は、決して鎌倉時代後期の一般的な禅院の状況ではなかったようである。

渡来僧による宋朝禅の導入

この時代の中心となっていたのは、渡来僧や入宋僧を中心とし宋朝禅を兼修せずに行ずる勢力であった。この時代をして、「渡来僧の世紀」と呼称される所以である。蘭渓道隆、兀庵普寧、大休正念、無学祖元と続く渡来僧の流れは、鎌倉を中心として展開し、また、京都建仁寺をはじめ、京都の禅寺でも中国僧による禅が行われた。天台僧から禅僧となった日本僧とは異なり、渡来僧はそもそも真言・天台を兼ねることはできない。そして、その渡来僧たちに学んだ禅僧たちがさらに全国に展開していったのである。

鎌倉時代には多種多様な形態の禅が確認でき、また各地で禅と密教を兼修した僧が確認されるが、ほぼ一過性のものであり、その後の継承がほとんど見られない。さらに、鎌倉時代の禅籍のほとんどを占める禅語録に禅密の兼修が記録されておらず、全体的にそのことを論ずる史料が少ない以上、中世禅林で禅と密教の兼修がどれほど行われていたのかはよくよく考えなければなるまい。

瑩山紹瑾による栄西への評価

曹洞宗では、瑩山紹瑾が栄西を「純一ならず、顕密心の三宗を置く」と評しているし、その門流をはじめ中世の曹洞宗では、栄西が「専ら禅宗を志」したものの「時節未だ到らざる」旨が記された切紙(栄西僧正記文)が継承され続けた。それらの記事からは、自分たちの禅は「純一」であることを示そうという意図が読み取れまいか。瑩山紹瑾は加持・祈祷を積極的に行ったし、後に多くの禅寺で加持・祈祷などの密教儀礼が行われるようになるが、余行としての加持・祈祷は、当時の曹洞宗では「兼修」として位置づけられていないことになる。

本論ではひとまず、「兼修禅」の一例として真言院と止観院の並置に着目した。しかしながら、冒頭で述べた通り「純粋禅」という呼称自体、多分に問題を含むものであり、それに対置される「兼修禅」もまた、改めて定義すべき概念であると考える。「兼修禅の再評価」をするためには今後さらに関連文献を博捜し、当時の禅宗界の状況を広く見ていく必要があるだろう。

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