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行基信仰と叡尊教団(2/2ページ)

山形大教授 松尾剛次氏

2018年9月12日

ことに注目されるのは、それから9年後の寛元3(1245)年に、先述の行基が生家を寺にした家原寺に戒壇を創り、叡尊らが戒師となって、授戒制を始めた点である。いわば、律宗教団の戒壇授戒が始まったと評価できる事件であった。そうした画期的な授戒制が、家原寺で始まった点にも、叡尊らが行基に倣おうとしていたことが読み取れよう。

とりわけ叡尊弟子の忍性(1217~1303)は、行基を強く慕っていた。忍性は死に際して遺言し、自己の火葬骨を分骨し、鎌倉極楽寺・大和郡山額安寺・生駒竹林寺の3カ寺に収めることを願った。極楽寺・額安寺からは、五輪塔の下から優美な金銅製の骨蔵器が見つかっていた。それらの表面には、忍性の略歴が刻銘され、銘文により竹林寺にも埋納されたことはわかっていたが、五輪塔がなくなっていたために見つからなかった。しかし、後の墓地域の発掘により、行基の石造骨蔵器に似せた八角の石造の容器の中から、額安寺で見つかった骨蔵器とほとんど同じ形(同様の銘文あり)の骨蔵器が見つかり、行基の墓所である生駒竹林寺にも、墓所(五輪塔)を作って、分骨していたことが確かめられた。叡尊教団の最重要人物の一人で、教団に大きな影響力を持った忍性が、死後、永遠に行基のそばに眠ろうとしていたほど、行基を尊敬していたのである。それゆえ、叡尊教団は行基ゆかりの寺院と聞くと、できるだけ復興しようと努めたようである。

そこで、次に行基ゆかりの寺院の叡尊教団による復興を見てみよう。行基は、四十九院といわれる49カ所の寺院を建立したといわれる。それらは、行基の滅後には、衰頽していったようであるが、叡尊らは、行基ゆかりの寺院を中興しようと努めた。

たとえば、先述の久米田寺がある。久米田寺は、山号を竜臥山、院号を隆池院という。高野山真言宗に属する寺院で、行基によって草創された四十九院の一つとして知られる。行基は旱天に悩む人々のために天平期に溜池(久米田池)を造成し、その管理のために天平10(738)年に建てた寺院隆池院に由来する。

この久米田寺は、鎌倉幕府の得宗被官安東蓮聖による中興で知られる。安東蓮聖は、建治3(1277)年10月15日に久米田寺と寺領(免田26町4反120歩)を東大寺実玄より買い取り、それを中興開山顕尊に譲った。顕尊は、堂舎を建てた上で、弘安6(1283)年に円戒房禅爾に譲った。こうして再興がなり、嘉元4(1306)年4月16日時点において15カ国出身の25人が住む寺院となった。また、室町幕府によって利生塔設置の寺院となったほどの寺院である。

ところで、先の久米田寺の中世における中興開山顕尊は、西大寺叡尊の直弟子と考えられてきたが、近年では覚盛の弟子橘寺慶運に師事した南都系の律僧と考えられていて、唐招提寺覚盛系の人物とされる。しかしながら、文安2(1445)年頃には久米田寺が西大寺末寺となっていた。というのは、文安2年のものではないかと推測されている東寺の修造のための奉加に協力した寺のリスト「東寺修理奉加人数帳」の和泉国の分に、久米田寺が西大寺末寺として記載されているからだ。しかも、注目されるのは少なくとも10人以上もの住僧のいる寺院として記されている。叡尊教団は、久米田寺に西大寺系の僧を住まわせ、久米田池の管理に努めたのである。以上のように、行基といえば、古代僧と思われがちだが、行基の遺跡が中世において行基信仰を宣揚した叡尊教団によって中興されていた点にも注意する必要がある。

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