作られていく発達障害(1/2ページ)
精神病理学者 野田正彰氏
昔むかし、子どもたちはそれぞれの性格をもって生きていた。なかには思うようにならないと、激しく泣いて、泣きやまらない過敏な子もいた。親も周りの大人たちも、大きくなり10歳ほどになれば落ち着いてくるよ、と見守った。それでもひきつけを起こすほど聞かん気の子どもは、虫切り・虫封じの神社や寺に連れていって、疳の虫を取る祈願をした。祈祷すると、指の先、髪の生えぎわより白い糸のような疳の虫が出ていくといわれたりした。もとよりそれは目に見えないほど小さいといわれていた。
近年になって、子どもの生活に学校の比重が大きくなり、近隣での遊びはなくなり、対人関係、社会性、職業選択の知識を得るすべてが学校になってしまった。学校という狭く貧しく硬い環境に閉じ込められた子どもたちのなかから1970年代後半以降、登校拒否、不登校につづく家庭内暴力、荒れる学校、学級崩壊、引きこもり、奇異な殺人事件が次々と連続していった。「子どもたちの反乱」が始まったのだが、大人たちはさらなる管理で抑圧してきた。
90年代末になって、アメリカ精神医学会で宣伝された、広汎性発達障害、アスペルガー障害、自閉性障害などの曖昧な障害名が児童精神科医(精神科医ではない)と称する医師たちによって輸入された。彼らは一計を案じ、文部科学省を動かし、2002年、「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査」なるものを行った。彼らはいつも言葉をずらしてすり替えていく。この時も、「特別な教育的支援」の内容はどこにも書かれていない。すり替えて、冒頭に出てくる「調査の目的」には、「学習障害(LD)、注意欠陥/多動性障害(ADHD)、高機能自閉症等」を調べる、になっている。それを全国の公立小・中学校の教員にアンケート調査し、彼らが関わっている約4万人の児童生徒のうち、6・3%が「学習面や行動面で著しい困難を持つ」と発表したのであった。
この調査発表は実に巧妙で、「調査方法」を長々と記した最後に、「留意事項」として「本調査は、担任教師による回答に基づくもので、LDの専門家チームによる判断ではなく、医師による診断によるものでもない。従って、本調査の結果は、LD・ADHD・高機能自閉症の割合を示すものではないことに注意する必要がある」と付記している。調査の表題、目的、方法がそれぞれ違っている。だが文面は巧偽であり、誰が読んでも高機能自閉症が6・3%と読み取ってしまうようにできている。その後マスコミ、教育関係は発達障害6・5%という数字を喧伝し、児童精神科医、製薬会社、文科省も6・5%を言い募っていく。
しかもそのアンケート質問項目は、「聞き間違いがある。聞きもらしがある。ことばに詰まったりする。漢字の細かい部分を書き間違える。細かいところまで注意を払わない。着席していても、もじもじしたりする。指示に従えず、仕事を最後までやり遂げない。過度にしゃべる。出し抜けに答えてしまう。大人びている、ませている。含みのある言葉を言葉通りに受け止めてしまう。得意なものがある一方で、極端に不得手なものがある。常識が乏しい。動作が不器用」といった、57項目の悪口の羅列である。もし心当たりがほとんど無い人がいれば、よほどの先生のお気に入りか、お人形であろう。こんな幼稚な質問紙によって、生徒を見ること自体が歪んでいる。
そもそも生物学的病態の不明な精神疾患については、概念をはっきり定め、その定義に基づいて本質的な症状、症候群を取り出して診断しなければならない。質問項目を並列し、それぞれの重要度を判断せず、何項目該当したから何々病と判定するものでは決してない。自閉症という言葉を使う場合、この言葉を精神分裂病の基本症状として取り出した、E・ブロイラーの「現実との接触の喪失であり、自己の内的生活が相対的あるいは絶対的に支配的になること」という定義から大きくはずれてはならない。違うなら別の言葉を定義して使うべきであり、ましてや高機能自閉症らしき特性をいっているかと思えば、ADHDにすり替えるなど、騙しのテクニックを使ってはならない。