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現代医学から見た真言宗の臨終行儀(2/2ページ)

真言宗豊山派西明寺住職 田中雅博氏

2015年10月21日

民間療法の宣伝には、「この治療法で私は良くなりました」というような事例紹介が多く見られます。どんなに治った例があっても、その治療法が良いという証拠にはなりません。治らなかった例、有害であった例がどれだけあったか等も重要なのです。

◎身命を惜しまざる用心門

生きられる時間の長さだけでなく質的内容(QOL)が重要です。緩和ケアとは「死を避けられない病人とその家族のQOLを高める方便(アプローチ)」と世界保健機関(WHO)が定義しています。身体、情緒、社会、ならびに命の四つの次元での苦痛緩和が行われます。特に命の苦(スピリチュアル・ペイン)は他の動物には無い人間独自の苦です。「死ぬのが怖い」「死にたくない」という苦であり、この苦の緩和に役立つものがあったなら、それこそが本人の宗教です。

世界医師会「患者の権利宣言(リスボン宣言)」には、「患者は、患者自身が選んだ宗教の聖職者による支援を含めて、宗教的および倫理的慰安を受ける権利を有し、またこれを辞退する権利も有する」とあります。患者本人が所属する宗教、例えば寺の僧侶等に慰安に来てもらうのも良いでしょう。西洋では病院に命の苦を緩和する担当者(スピリチュアル・ケアワーカー)の配置義務があるのですが、日本ではありません。最近、日本でも臨床仏教師や臨床宗教師が育てられています。スピリチュアル・ケアワーカーは、患者の話を傾聴し、ケアワーカー自身の宗教を布教せず、患者自身のあらゆる宗教に対応し、無宗教にも対応することを原則としています。この対応は自己執着を空にする般若心経に共通するものです。

◎般若心経はスピリチュアルケアの経典

般若心経は「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空」と始まります。観自在菩薩がヨーガの行をしています。お釈迦様以来、仏教ヨーガの特徴は単なる「止」に止まらず「観」を行うことです。そして、般若心経で止(三昧)に至って観るのは「般若」という知恵の「波羅蜜多」すなわち完成です。「波羅蜜多」は詩的に「到彼岸」と漢訳されました。これはお釈迦様が説かれた「筏の譬喩」に基づく解釈です。

「我に執着しない」という智慧の完成を彼岸に渡る筏に喩えました。筏は仏教を示す隠喩です。彼岸に渡ったら筏(仏教)を捨てる。すなわち、自己執着を捨てる仏教は仏教自身に執着しない。お釈迦様が説かれた苦集滅道にも執着しない。これが般若波羅蜜多であり、このとき五蘊皆空となります。

五蘊はお釈迦様が説かれた苦諦のまとめであり、我執の要素の集合です。知恵の完成では「我」という執着が空っぽに成る。完全に「我」に執着しない人は、「自分が死ぬという苦」(スピリチュアル・ペイン)を乗り越えて涅槃の彼岸に渡る。般若心経の後に続く部分も全て「般若波羅蜜多において」すなわち「ヨーガの智慧が完成した状態において」であり、この世の通常の話ではありません。

このような般若心経の解説書を出版できたことは非常に有り難いことです。そしてさらにうれしいことが続いています。これまで雑誌や学会誌等に私が書いた原稿をまとめて1冊の単行本にするという話です。高野山大学の山口幸照先生の提案で阿吽社から出版して頂けることになりました。

◎尊厳有る死と緩和ケア

「尊厳有る死」という言葉はホスピス運動の創始者シシリー・ソンダースによって「死にゆく人が本人の人生に価値を見いだすこと」と定義されています。「尊厳有る死」を実現するためにスピリチュアル・ケアワーカーが患者の言葉を傾聴するのが緩和ケアの真髄です。

私の場合には幸いなことに、私の言葉に耳を傾けてくれる人が沢山いてくれます。この文章の読者にも感謝申し上げます。お陰様で、私は人生の最後の時期を幸せに過ごせています。

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