仏教の立場と安保法制 ― 釈尊の教えに従い反対の声を(1/2ページ)
花園大教授 中尾良信氏
すでに本紙紙面(8月26日付9面)でも紹介されたように、筆者が所属する花園大学の有志は、7月15日の衆議院特別委員会と翌16日の本会議で、集団的自衛権行使の容認を中心とする、安全保障関連法案が強行採決されたことに断固反対する共同声明を、8月11日付で発表しました。その後、審議は参議院に移りましたが、連日の報道でも明らかだったように、建設的な議論が行われることはなく、形式的で無意味な公聴会が開かれ、あたかも公聴会が単なる儀礼であることを自ら示すかのように、本来行われるべき総括質疑も行われないまま特別委員会になだれ込み、採決が強行されました。委員会の場で繰り広げられたあさましい混乱はテレビ中継され、この国の最高議決機関である国会の中で、議員として選ばれた人たちが示した行動を、国民の眼に焼き付けたことでしょう。参議院本会議でも、野党は反対の長広舌によって引き延ばしを図るしかなく、19日未明、与党自民党と公明党および与党に追従した一部野党の賛成によって可決成立してしまいました。
国会の外はもちろん、全国各地の集会で市民が反対の声を上げているばかりではなく、マスコミによる世論調査でも、60%以上の人が法案に反対し、80%以上が審議が不十分だとする結果が出ていることは、すでに報道されているとおりです。デモの群衆が国会を取り巻く風景は、1960年いわゆる「60年安保」の光景を彷彿とさせますが、ときの総理大臣は安倍晋三首相の祖父岸信介氏でした。当時のデモは全学連だとか労働組合だとか、ある意味で政治主張を共にする団体が動員したもので、いわゆる運動家たちがほとんどでした。しかし今回は、学生団体シールズのような有志のグループも含めて、基本的には個人の集合であり、しかも高校生を含む若者から赤ん坊を抱いた母親、50代の男性やかなり高齢の方まで、まさしく老若男女が自発的にデモを形成したという意味では、国民の一人ひとりが主体的に反対の声を上げていたといえるでしょう。
安保法制に関する一連の議論はまったく噛み合わない、論点がすれ違ったものでした。安倍首相や閣僚・与党議員は、日本を取り囲む安全保障環境の変化を言い立てますが、現実に想定されるケースや戦争の可能性の話になると、首相や閣僚の答弁は一貫性も無く説得力を欠いたもので、とても国民に対する説明責任を果たしたとはいえません。それに対して憲法学者などが反対する論点は、前提となる手続きの問題、言い換えれば閣議決定による憲法解釈の変更ということがそもそも間違いなのであり、これまで違憲としてきた武力行使を容認するのであれば、戦争の放棄を謳った第9条を含む、現行憲法を改定してからでなければならないと主張しました。
論理的には、法律は国の最高法規である憲法に基づいて定められ、政治は憲法の枠内で行われなければなりません。もしも政治が憲法の枠を超えようとするのであれば、あくまで「その時点の憲法の規定」に遵って改定する、という手続きを経てからでなければならないはずです。となれば、国民の理解は十分に得られていないと認めつつ強行採決に突っ走ることは、政治手法として許されるべきではありません。
つまるところ安倍政権は、安全保障環境の変化に対応するという目的のために、閣議決定という憲法の規定に無い手続きによって、その枠を超えようとしているわけで、集団的自衛権の行使という目的が正しいのだから、手続きについては最高法規も無視するということになります。しかも重要なことは、このきわめて重大な決定が日本の国会で審議される以前に、米国との約束として話し合われたということであり、つまりは国会での審議は完全に無視されたわけです。