京都市の企業・宗教施設の避難誘導 ― 災害から観光客守るモデル(1/2ページ)
立命館大情報理工学部学部長 仲谷善雄氏
言うまでもないことだが、京都市は世界的な観光地である。年間5千万人もの人が観光や参拝に訪れる。その中には、100万人を超す海外からの観光客や、ほぼ同数の修学旅行生が含まれる。一方で、我が国は世界的に地震などの災害が多い国である。世界で発生するマグニチュード6以上の地震の2割強が日本で発生している。
それでは、京都市で地震などが発生したとき、誰がどのように観光客を守るのだろうか。実はこれが自明ではない。驚くべきことに、我が国の防災は住民が主な対象であり、住民票がベースなのである。観光客や住民票を移していない下宿生などは守るべき人の数に入っていなかった。このような防災が、東日本大震災の際に関東において大規模な帰宅困難者が発生したことを受けて変わろうしている。
これまで観光地では、災害の発生を前提とした対策を公表し、防災をアピールすることは、「観光客に対してマイナスイメージを与えてしまうのではないか」との危惧の下、忌避されてきた。しかし実際にはこの心配は杞憂でしかなく、むしろ、災害時における観光客への対策を充実させることは、観光客だけではなく観光地の側にとっても非常に重要なのである。大規模災害が発生すると、たとえその観光地が直接的な被害を被っていなくとも、「何となく危なそう」という心理が働き、宿泊施設の予約キャンセルなどの観光手控え行動が見られる。東日本大震災でも、原子力発電所被災の風評被害があり、京都市をはじめとして、被災地から遠距離の地域でも外国人観光客が激減した時期があった。
「観光客を災害から守る」をキャッチフレーズにすることで、観光地としての評価を上げられるとともに、観光で生活している観光地の住民の生活を守ることにもつながる。世界的な災害大国である日本が、国際競争力のある観光立国を目指すためには、観光客に安心して楽しんでもらえるように、観光客防災・減災施策の推進とそのアピールは不可欠で、当然の責務である。
京都市は東日本大震災を受け、すぐさま地域防災計画を見直した。私も副委員長として参画し、各種の防災施策を「ひと」「情報・手段」「もの」という観点から大別した三つの部会において、避難所の開設・運営、防災訓練、物資調達、情報、都市基盤施設の耐震化等の各課題に関する現状把握と今後の方向性等について検討した。結果、帰宅困難者対策を中心に130項目に及ぶ取り組むべき対策を提言。これを受けて、翌年から観光地対策協議会、事業所対策協議会、ターミナル周辺対策協議会からなる観光客防災「京都モデル」を推進することになった。
実は京都市の取り組みは東日本大震災よりも前、2005年から始まっている。このとき筆者は京都市消防局から研究費を頂く機会があり、その中で京都大学の矢守克也先生と以下のことを提案した。①観光客を対象とした防災が京都市では非常に重要である②市内周辺に散在する観光地から観光客が一斉に市中央の鉄道駅に集まることは、観光客自身にとって危険であるばかりでなく、群集流によって緊急車両の通行が妨げられたり、住民の避難の妨げになる③したがって、災害発生直後には、観光地あるいは観光地の周辺に観光客を留め置き、鉄道再開後に順次駅に誘導する段階的避難誘導方法が有効である④観光客を留め置く場所は、住民の避難所とは別の場所にする――。京都市はこの提案の重要性を認め、それ以後、計算機シミュレーションを構築して、観光客が一斉に駅に向かうとどのような状況が発生しうるのか、段階的避難誘導を実施することでその状況が改善できるのか、などを検討してきた。それに基づき、観光客を留め置く具体的な候補地も検討した。そのような動きの中で東日本大震災が発生、準備はできており、機が熟し、あとは実行あるのみ、となった次第である。
具体的に活動を紹介したい。まず観光地対策協議会では、13年度に清水・祇園地域と嵯峨・嵐山地域をモデルに選んで、地元商店街、寺、神社、ホテル・旅館などにメンバーになっていただき、以下のことを決めた。①清水寺、高台寺、天龍寺、国立博物館などの大規模な空間を持つ施設を緊急避難広場として定め、観光客を留め置く場とする②市職員は発災直後に現場にかけつけることは難しいため、現場での観光客の誘導には地元商店街、寺、神社などが当たらざるをえない③宿泊の必要がある場合には、被災していないホテル・旅館の空きスペースを一時滞在施設として使い、観光客を収容する④京都市と緊急避難広場および一時滞在施設との連絡網を確保するため、防災無線やPHSを配備する⑤一部の緊急避難広場は、京都市からの情報を観光客に提供する情報拠点とする――など。