円空の祈りと現代仏教の救済 ― 相手の土俵に入り謙虚にケア(1/2ページ)
高野山大客員教授 大下大圓氏
現在、福島市の福島県立美術館で「飛騨の円空―千光寺とその周辺の足跡」が開催されている(4月5日まで)。東日本大震災復興支援と犠牲者鎮魂を目的に、千光寺円空仏寺宝館所蔵と岐阜県高山市内の神社仏閣から、合わせて約100体の円空仏が福島へ出向いた。それは生涯に12万体の造仏誓願をして、東日本や北海道を巡った江戸時代の僧・円空(1632~95)の願いにも呼応している。
円空仏が一般の仏像と異なるのは、円空の思想や生き方を表現している点である。余分なものは一切彫らずに、木の中に仏を見て木のもつ生命を仏像という形に表現する。そこには「一切衆生悉有仏性」「草木国土悉皆成仏」などの日本人の心に潜在する精神性がある。一見完成していないような造形で、それを拝む人の心に、安心や慈愛、微笑を醸し出してくれるのが円空仏の魅力である。
円空は修験の僧でありながら諸教にも通じ、晩年は密法を受けて天台宗の住職として岐阜県関市の弥勒寺で終焉を迎える。若くして辺地を行脚しながら、貧困や干ばつで苦しむ農民のために祈り、ひたすら庶民の心の安寧を願った。それは、権威とは無縁のところで大地にへばりついてひたむきに生きようとする民との共生であった。
円空の体現する宗教観の根底には、縄文弥生から日本に脈々と連綿する基層思想がある。古代人は草木、動物といった自然物、自然現象、さらには人工物にも精霊が宿ると考え、生活には祭りを通じた祀りや祈りがあった。
こうした基層思想が神道や仏教と融合し、日本人独自の精神構造を作り出したといえる。しかし円空の思いは、樹の中に精霊や仏を感じるだけでなく、生きている在り方にいのちを感じること、現象にいのちを感じるいわば自然観的宗教観であり、宇宙性をそこに感じていたと思われる。
「作りおく 千々の御影の 神なれや 万代迄の 法のかげかも」(円空作)
ここに密教的な曼荼羅の教えをうかがい知ることができる。つまり、人々が形として確認できる可視的な仏像を樹に刻む。やがてその背後に、不可視的な仏としての法身仏を観ずる。それは瑜伽の瞑想的な境地に他ならない。それを自覚したものはダルマ(法)という根源的ないのちとの統合を果たし、法身説法としての大自然、宇宙のことばを空や海、森の中で感得するのである。円空はこの覚りの境地を目指したのに違いない。日本人が希求したスピリチュアリティには、このような思考が潜んでいるのである。
円空伝説では、幼き日に、愛する母を目前の水害で亡くしたと伝え、そのことが造仏のきっかけとされる。円空はやがて諸国を旅するうちに、同じような苦悩を背負って生きようとする人々に出会うこととなる。仏法の栄える浄土を描き、ひたすら暮らしの中にある鎮魂と救済を祈りながらの造仏の日々は、必死に生きんとする人々の生活とともにあると信じた。
多くの犠牲者を出した東北の被災地で厳しい環境の中でも必死に生きていこうとする人々の祈りは、円空の祈りと相関し、限りなく共鳴するのだ。
震災で家族を亡くした遺族の悲嘆ケアには、科学的支援(医療、福祉)だけでは満足せず、その家族や地域に根ざした宗教的儀礼が重要だとされる。筆者自身が、岩手、宮城に続き、福島県川内村や南相馬市などを訪問するご縁に遭遇し、被災者から直接多くの苦悩を聴かせていただいている。特に川内村では、講話や音楽療法、呼吸法、瞑想などを実施してきた。そんな村人との心の交流を通して、かつての東北の地を歩いた円空の生き方に共感するのである。
実際に筆者が被災した方との個人的な面談を重ねるうちに、どん底の苦難を味わいながらも、そこから立ち上がろうとする「生きる力、成長すること」を感ずることが少なくない。人には死と隣り合わせの苦しみを味わっても、そこから這い上がる人間力が備わっている。それを釈尊は「自灯明、法灯明」と教えた。