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成熟社会と宗教の役割 ― 仏教の教えが力を発揮する時代(1/2ページ)

筑紫女学園大学長 若原道昭氏

2014年2月4日
わかはら・どうしょう氏=1947年生まれ。鳥取県出身。京都大大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。修士(教育学)。専門分野は教育哲学。浄土真宗本願寺派勝福寺(鳥取県湯梨浜町)住職。著書に『教育の原理と課題』(昭和堂)など多数。

先頃、高度成長期の1964年以来、56年ぶりの東京オリンピック・パラリンピックが決まったが、その招致活動では「成熟都市・東京」がアピールされ、それ以来、気のせいか「成熟国家」「成熟社会」という言葉も耳にすることが多くなったように思う。

それに先立つ2012年8月の中央教育審議会答申の中で、今日の日本社会を言い表す言葉として「成熟社会」が使われている。そこでは、現在の日本社会の特徴は成熟社会、少子高齢化社会、知識基盤社会、グローバル社会などと表現され、日本がめざすべきは、「安定的な成長を持続的に果たす成熟社会のモデル」だと述べられている。その上で成熟社会において求められる人材の養成のための教育の質的転換が語られる。

改めて調べ直してみると、1988年度の文部省(当時)の『我が国の文教施策』の中には既に「成熟する社会での生涯学習」という言葉が用いられているし、それ以降も、中央教育審議会答申や文部科学省関連文書、或いは「第2期教育振興基本計画」の中にもこの「成熟社会」は散見され、そして2010年代に入ると各省庁の文書でも頻繁に用いられている。今や転換期にある時代を表現するキーワードの一つとなりつつあるようだ。

この「成熟社会」という語の初出は1972年のデニス・ガボールの未来学的な著書に遡ることはよく知られている。彼は、これからの人類社会は成熟社会へと移行すべきことを主張し、科学技術を発達させ、経済成長を遂げた人類がその社会や文化全体のパラダイムを転換させるよう提唱している。これまでのような量的拡大のみを追求し続けてきた経済成長や大量消費社会が終わりを告げた後には、高い文明水準で均衡がとれた、精神的豊かさや生活の質の向上を最重視する、自立した個による多様性に富み平和で自然環境とも調和が保たれた社会をめざすべきだと言うのである。

今日、経済成長至上主義の行き詰まりを背景として価値観の転換が要求され、「成熟社会」という語が流布するに至ってはいるが、同時に「経済成長による景気回復」も叫ばれ、本音のところでは「経済成長こそがあらゆる社会問題の解決につながる最優先課題だ」という経済的繁栄に目を奪われた考え方が世界的に根強いようである。

しかしそのような成長はいつかは終わるという覚悟が必要だ。「経済成長のない社会」と聞けば、成長が止まり没落していくだけの斜陽社会がイメージされるかも知れないが、これまでのような経済成長は望めないけれども、一人ひとりが独自の精神的な豊かさと幸福と満足を得られるように生活の質を成長させ続けるという懐の深さをもつのが成熟社会である。

そのような社会をいかにして築いていくかということが今後の重要な課題となる。こうした思潮を反映してか、『経済成長という病』『経済成長神話の終わり』など、経済成長が人々の幸福の源泉であるといった神話の終焉と脱成長を主張する書籍の出版が近年相次いでいる。

ところで、ガボールの『成熟社会』という本が出された同じ1972年には、ローマクラブが『成長の限界』というレポートを出している。そこでは、人口や資源・食糧に関する数多くのデータの分析結果をもとにして将来を予測し、このまま世界の人口増加や経済成長、環境汚染が続くと、100年以内に成長は限界に達する、世界システムは成長しその後に崩壊する、と警告している。そして「無限の地球」を前提とした従来の経済成長と消費のあり方を改め、世界的な均衡を実現しなければ破局を避けることはできず、そのために先進諸国は成長を意図的に減速しなければならないと述べている。

また、仏教の教えから経済活動を見直そうとする仏教経済学者のシューマッハーが『スモール・イズ・ビューティフル』を出版したのは、その翌年の1973年であった。彼も人々の幸福度を消費量によってはかる経済学や科学万能主義を疑問視し、また後のエネルギー危機や原子力利用の危険性を予言していた。

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