医療の現場を通して見えてきた宗教者(ビハーラ僧)や寺院の可能性(2/2ページ)
龍谷大大学院実践真宗学研究科特任教授 森田敬史氏
お香が香るビハーラ病棟には釈迦菩薩像をご本尊にした仏堂がナースステーションの前に配置されている。日常的にこの場所で朝(夕)勤行が、時節ごとに花祭りや盂蘭盆会、彼岸会などの仏教行事が執り行われている。主に入院患者やその家族が良ければ参加するという感じである。僧侶が出入りすることにより実現できたことである。仏教行事以外に、年に2回遺族会(仏堂で執り行われる追悼法要と別会場で実施される茶話会という二部構成)が開催される。
遺族の中には「(遺族会において)追悼の法要をして下さるから、それだけでも出席したかった」というように追悼法要を大切にしている方々も多い。「最後、本人がよくお参りしていたので、ここに来れば、何か近づけるような、また、ここに居るような気がするので、毎年、命日にお参りさせてもらっている」という言葉が物語るように、いつでも開放されている仏堂に“その日”に合わせてお参りする遺族の姿が少なからず見受けられた。また「本人が亡くなって、その後にお経をあげて頂いたことが忘れられない。あのおかげで、今でもはっきり思い出すが、すーっとしたことを感じた。あれがなかったら、あんなに穏やかになれなかったと思います。本当に感謝しています」という遺族の語りより、死亡退院時に「お別れ会」を執り行い、読経や焼香の後にスタッフから生前の様子を一言語られる機会を設けている。もちろん全員が同じようにお願いされ、同じような言葉を伝えてくださるわけではない。それでも病棟が実施した調査より、「仏堂にお参り」した遺族のうちの8割弱の遺族が「安堵した」や「穏やかになった」と感情の変化について回答し、仏堂という“場”の力によって、感情に変化が生じ、故人との繋がりを確認している遺族の姿が浮き彫りになった。
一般的な病院内に同じような場が存在しているかと言えば、そうではない。仏教を背景としている施設特有の場であることは間違いない。我々は特に深く考えることもなく、どこか「病院」という既知の枠で「病院」をとらえ、同様に「寺院」を「寺院」として捉えている。ビハーラ病棟の現実場面では特に仏教に精通しているわけではない多くの一般の方々が実際に仏堂に足を運び寺院の機能と呼べそうな利用の仕方をしていた。病院でお会いした利用者がその機能を「余すことなく」利用していると筆者が感じた割合はそんなに多くはないが、“病院の中に見つけたお寺の形”とも表現できるような寺院の機能を病院内に垣間見た。今後の寺院の在り方を考える上で参考になるのではないだろうか。
「人」がその「場」に在ることを通して「仏教」が病院内に醸成される現実を述べてきた。実際には、入院中に初めて仏教に触れる利用者も「人」や「場」を通して宗教を知ることになっていた。また退院後も常に開放されている病棟にはいつでも触れようとしたらアクセスできる「場」があった。もちろん死の脅威に晒されたり、死を意識せざるを得なくなったりして自分のいのちを見つめ直さなければならない利用者が対象になっているため、藁にもすがる思いで「宗教」に触れなければならなかったのかもしれない。それでもそんな状況になれば、「宗教」に触れようとする方々が一定数存在することは紛れもない事実である。
これは何もターミナルケアの現場、さらに言えば長岡西病院だからというわけではなく、現代社会においてもう少し広い範囲で一般化できるものだと考える。だからこそ触れやすいことを大前提にして「人」や「場」といった“目に見えやすい形”の仏教が、死に纏わることから距離を置きたい病院ももちろんであるが、もっとそれぞれの身近に存在することが望まれるのである。「ビハーラ」が目指す“安住”が今の仏教に触れることによってできているだろうか。我が国における仏教、さらには宗教の在り様を現実的に再考する必要があると考える。