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最初期仏教とオウムを相対比較―地下鉄サリン事件から25年⑧(2/2ページ)

花園大教授 佐々木閑氏

2020年11月6日 16時32分

――これが釈迦の仏教から得られる基準である。そしてここにオウムを重ねてみると、その相違点が明白に現れてくる。それをこのあと記すが、その前に一言述べておかねばならないことがある。

このように釈迦の仏教の特性を表示すると、どうしてもそれが後代の仏教の在り方に比べて、より合理的で優れているかのように見える。それはなぜかというと、釈迦の仏教というものが現在では消滅していて、文献などの残存情報からしかその姿を知ることができないため、現実の姿よりも、経典や律が語る理想の姿の方が強調されてしまうからである。実際には偉そうに権威を振り回す僧侶もいたであろうし、暴力問題も起こっていたであろう。しかしそういった瑕疵は記録に残らない。従って釈迦の仏教は、優れて立派な世界として我々の前に現れてくる。

しかしそれはそれで構わないのである。基準となる物指しとして釈迦の仏教を選択する理由は、そこに「釈迦が考えた理想型」を設定することなのであるから、釈迦の時代に理想化されていた仏教の姿を表出できれば、それで問題はない。釈迦の仏教の優位性を主張することが目的ではないという点に注意しておく必要がある。

オウム

1.統率者の権威:オウムには定式化された行動規定、すなわち律のような法律は存在せず、時に応じて麻原など上部の者が個人的思惑で指示を出していた。そのため、合理的一貫性のある規範が示すことができない。たとえば殺生を禁ずるということで、サティアンの中はゴキブリだらけだったというが、その一方で連続殺人を強要している。もしオウムが律を遵守する教団であったなら、彼らの行った犯罪行為のほぼすべては防止されていたはずである。律のない仏教僧団は、リーダーの思惑に沿って暴走する。リーダーの人間性によってその組織の浮沈が左右されるという点は、法治主義を根本とする釈迦の仏教からの大きな逸脱であり、欠点である。

2.暴力:暴力を絶対に禁ずる、という律の規定が作用しないのであるから、「教団全体の利益のためなら多少の暴力は許される」とか「暴力を使ってでも、相手の悪行を止めてあげることがその人のためである」といった様々な理屈をつけて暴力が許容されることとなる。法ではなく人が権威を持ち、暴力を禁ずる律の規則が作用しない状況においては、組織全体が強い暴力性を帯びるようになる実例である。ここもまた、釈迦の仏教の基本原則である法治主義からの逸脱が招いた過失である。

こうして釈迦の仏教とオウムの両者を同じ基準上に置いて見た。差異は歴然である。そして次の作業として、ここに既存の仏教教団も置くのである。そうすると、過去の仏教教団の多くが、釈迦の仏教よりオウムの方に近いところに位置づけられることが分かる。目に付くところでは「僧兵」や「宗教一揆による騒乱」などは、特定の権威者の元で、仏教教団全体が暴力性を帯びた例としてオウムの類似例であるし、もっとスケールの小さいところでは、禅宗の禅堂内での暴力的指導なども、明らかに釈迦の仏教を離れてオウムに近い。日本だけでなく海外の仏教教団の在り方も明確化される(例えばロヒンギャ弾圧を扇動する一部のミャンマー仏教など)。

こうして、オウムを比較対象に含めることで、種々の仏教教団の立ち位置が明確になる。このような作業を、より精密に、より広範囲に繰り返し行うことで、時間軸も含めた、仏教世界全体の動向がより明らかになる。比較の基準としては、「活動資金の獲得方法」「政治権力志向」「身分制度の有無」「個人崇拝の度合い」など、重要なものが他にも沢山ある。

最後に忘れてはならないことを述べておく。比較対象には、必ず「時代のタグ」をつけておくという点である。たとえば一向一揆は一向宗であるが、これを時代を無視して浄土真宗と同一視すべきではない。一向一揆の特性は、それが起こった時代の一向宗の特性に限定されるのであって、その前後の、質的に異なる教団形態とは切り離して考えねばならない。言うまでもなく、一つの宗派も時代によって大きく変遷していくからである(この点から言えば、僧兵、宗教一揆、僧堂内の暴力的指導のうちで、現在時において最も深刻なのは今も残滓が残る僧堂内の暴力的指導だということになる)。

釈迦の仏教とオウム、この両者を定点として仏教諸派を見るという方法を提示した。既成仏教教団にとって決して快い方法ではないが、世間から信頼される教団を目指すという現実的方向性から見ても、有効性の高い方法であると思う。

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