社寺観光の今後の展望 ― 多様化する旅行ニーズに対応を(2/2ページ)
JTB総合研究所主任研究員 河野まゆ子氏
だが、体験メニューの人気が高まってきているとはいえ、観光気分で訪れる人が多くなることは必ずしも好ましいことばかりではない。集客活動と信仰・伝統の継承というジレンマを乗り越えていくためには、祈る心や尊ぶ心を有する参拝者を増やすための仕掛けが求められる。よくあるライトアップやイベントの種別によっては、開催場所が社寺である必然性が薄く、単発の誘客イベントで終わってしまう懸念もある。日本人の精神の根底に流れているはずの、自然や文化、歴史に対する宗教的な考え方を伝達するためには、社寺における信仰の本質を理解したうえで、その特別な舞台装置を最大限に生かし、一般の人々が楽しんで参加できるコンテンツを開発できる「価値の通訳者」が、社寺と観光産業をつなぐことが重要だ。
日本人、特に若年層は、「宗教」という単語を嫌う傾向にある。オウム真理教や米国同時多発テロ、ISIS(「イスラム国」)などに関する報道に成長過程で触れてきたことも要因のひとつではあるだろう。とはいえ、「お天道様が見てる」という意識や、ゲン担ぎの習慣が世代を問わない共通感覚であることは確かで、縁結びの神社に若い男女が殺到することも、神仏の存在をごく自然に「あるもの」としていることの表れと言える。
調査結果によると、直近で受けたお守りのご利益は、「病気平癒/無病息災」が41・1%でトップ。“つつがなく日々を暮らせるように”という願いが一般的だ。しかし、若年層を性年齢層別に見ると興味深い傾向が見て取れる。「恋愛成就」というと若い女性だけをイメージしがちだが、20代男性の4分の1に縁結び守りの購入経験があり、これは30代女性よりも高い比率である。また、商売やビジネスの好調を祈願するお守りは、男性、特に働き盛りの40代でニーズがぐんと高まる。若年層ほど、目的特化型で願いの具体的なお守りを希望する傾向が強いことが特徴的だ。
お守りは古来、時代のファッションと、人々の願いの潮流の中でそのかたちを変えてきた。人々の暮らしぶりの変化や訪日外国人の増加など市場の変化を受けつつも、「願い」を心に留めたり、人に届けたいという本質的な思いは普遍的だ。
先に述べた「価値の通訳者」が、お守り、おみくじ、体験プログラムなどの由来や意義に立ち返り、時には現代的な解釈を通じて、これまで社寺との距離が遠かったライト層・若年層や訪日外国人の関心と理解を呼び起こしていくことは可能と考える。観光やお出掛けの機会に社寺を訪れた来訪者に、その場所で「なんとなく気持ちのよい場所だな」と感じてもらい、そこで受けたお守りを、単純な「モノ(お土産)」ではなく、願いと自分自身または自分の大切な人とをつなぐよすがとなる「コト・体験」であると捉えてもらうことが不可欠だ。
そのためには、僧侶・神職等によるインタープリテーションも重要になる。彼らの日々の願いや悩み、並びに社寺に対する観光・娯楽側面のニーズ、その両面を正しく汲み取り、敷居を低くしその本質へと届かせるための動線をデザインしていくことが、いまの社寺に求められていることかもしれない。