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近代日本における合掌観の変遷

武井謙悟氏

具体的には、朝の合掌、夜の合掌、食事の合掌、会合時の合掌を励行し、生活の中に合掌を浸透させた。また、婦人会と女子青年会が主体となり、家計簿の推進、毎月の整頓日を設置、結婚式の宗教儀式化、といった活動を行った。合掌を生活に取り入れることで、村民は勤勉な生活態度となり、経済発展をもたらしたという3434同上、五七頁。

一九五二年四月の『臨床心理』によれば、三坂村は、「合掌の村」として静岡県知事から社会教育模範村の表彰を受けたという。心理学的には、怒りの感情などを一旦抑えることによって、冷静さを取り戻し、人間関係を円滑にする方法がある。三坂村が実践していた全ての行動の前に合掌を挟むことは、冷静さを与え、かつ誰しもが簡易的にできるようにした仕組みとされる。戦後は、村を挙げて合掌はしなくなったというが、こうして培われた伝統が残り、相変らず平和な気持ちのよい村を作っているという3535鈴木(名の記載なし)「合掌の村―全村教育の例として―」『臨床心理』一巻二号、一九五二年四月、九七頁。

こうした合掌村建設運動は、他地域の事例も報じられており、一九三九年九月の『大法輪』六巻九号では、愛知県の取組みが記されている。愛知県知多郡小鈴谷村では、『大法輪』の合掌推進に早速共鳴し、銃後の精神陣営を強化しようと、県社会部教育委員会および知多郡仏教会共同計画の「合掌の村」建設運動が起こった。合掌精神による「不平不満のない村」を実現させるべく懇談会を開催予定だという3636大法輪編集部「〝行〟は先づ合掌から 愛知県に合掌村誕生」『大法輪』六巻九号、一九三九年九月、二一四頁。

このように、『大法輪』は合掌などの仏教の行によって村が復興する事例を挙げ、「行の宗教」を積極的に推進していた。そうしたなかで、一九三七年九月の国民精神総動員実施に伴い「禊、坐禅、観法等宗教的行ヲ普及シ確固タル宗教的信念ヲ涵養シ堅忍持久困苦欠乏ニ堪フルノ心身ノ鍛錬ニ努ムルコト3737『宗報』(曹洞宗)九六七号、一九三七年一〇月一日、二頁。」という通牒が文部省から出されると、時間をかけずに、生活に即した宗教的信念を涵養することを求められた。そこで『大法輪』が行の宗教として一層推進したのが「坐禅」と「合掌」であった。

一九三九年七月の『大法輪』表紙裏に坐禅と合掌が実践すべき「行」として推奨され、以下の記述が見られる。

一、『行』の基本的態度の樹立と訓練のために努めて坐禅をする。一処通れば千処万  処も亦通る。一生参学の大事了れりと叫ばれ、又弘法の眼目をこゝに置かれた道  元禅師の道風に随順したい。

二、行を手近い日常生活に具現して食事の前後に合掌をする。百の家庭平和論、感謝  報恩論も一瞬の合掌に及ばない。

〝行〟は先づ合掌と坐禅から…=食前と食後には必ず合掌しませう=

坐禅をせずに肚はできない=たとへ十分間でも坐禅しませう=3838『大法輪』六巻七号、一九三九年七月、表紙裏。

ここでは、「道元禅師の道風」が坐禅行の思想的根拠とされ、最も身近な食事に対して行う一瞬の合掌に価値を置いている。なお、同号では『大法輪』の「行の仏教」推進が、国民精神養成の主軸となったことが報じられた3939大法輪編集部「編輯後記」同上、三二四頁。。坐禅と合掌に注目していた『大法輪』であったが、合掌は日本国内の事例のみならず、アジア共通の実践として、さらに推進される。

一九四一年一二月八日の真珠湾攻撃以降、『大法輪』では「大東亜共栄圏」を意識した合掌推進が実施された。翌年一月と二月の表紙裏には「大東亜共栄圏の建設と合掌運動の提唱」という項目が掲げられ、堅実合掌、虚心合掌、蓮華合掌、金剛合掌という四種の合掌をイラスト付で説明している。そして、日本・満州・支那をはじめ、仏印・タイ・ビルマ・蘭印等、大東亜共栄圏の多くが仏教国、すなわち合掌の国であるとし、「宗教を同じくして居る我等は、我等仏教徒の信仰の象徴たる合掌によつて、堅く心と心を結び附ける様努力すること4040大法輪編集部「大東亜共栄圏の建設と合掌運動の提唱」『大法輪』九巻一号、一九四二年一月、目次裏。」が賢明と述べている。本論文冒頭で引用した『岩波 仏教辞典 第三版』にも、南アジアと中国・朝鮮・日本という二地域の説明があったが、『大法輪』では、合掌の共通点を「大東亜共栄圏」の統治と結びつけている。先に述べた、『無尽灯』の改題誌『合掌』の天使の表紙画、泉道雄や高島米峰がキリスト教の食前の祈りに憧れを持っていた点と比較すれば、日本を中心とする「合掌」が強調されている。

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