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仏の消えた浄土 ― 近代日本の宗教≪15≫(2/2ページ)

東北大教授 佐藤弘夫氏

2017年9月27日

こうした世界観のギャップは、私たちが過去の思想を見ていく際に、無意識のバイアスとなっているように思われる。一例として、近代における日蓮の『立正安国論』解釈を取り上げてみたい。日蓮はその中で、同時代に頻発する災害の原因を、諸仏諸教を否定する法然の専修念仏が流布したために、国土守護の善神が日本を捨て去った(「善神捨国」)ことによると主張する。それゆえ、法然の念仏を禁止して伝統仏教を復興させれば(立正)国土はおのずから安穏となり、人々の平和な生活が実現する(安国)と説くのである。

これに関連して、『立正安国論』の末尾には、「汝早く信仰の寸心を改めて、速やかに実乗の一善に帰せよ。しかれば即ち三界は皆仏国なり」という言葉が置かれている。これは一見すると、先の主張を別な表現で言い換えただけのように見える。だが、両者はまったく異質な論理だった。

前者における「安国」は、主役の仏ではなく、脇役の守護神が主役を務める世俗的なレベルでの国土安穏だった。その「安国」は災害の停止であり、どこまで行っても「仏国」に到達することはなかった。それに対し後者は、「実乗の一善」=『法華経』による成仏を前提としたものであり、永遠に崩れることのない仏国土の顕現という、すぐれて宗教的な意味を含有するものだったのである。

二つの立正安国の論理

日蓮の「立正安国」の論理は、次元を異にする二つの論理によって構成されていた。日蓮はまず伝統仏教を衰退させる専修念仏を禁止することによって目前の災禍を止め、人々が仏法の修行に専念できるような客観的状況を実現することを目指した。その上で、至高の法である『法華経』を個々人が実践することによって、究極の真理の世界=仏国土の成就を目指したのである。

『立正安国論』は、本来その中に濃厚な「悟り」の世界を抱え込んでいた。それを担保していたのが、濃厚な神秘性に彩られた中世的な世界観だった。しかし、浄土の顕現による「安国」の論理は、人々が世界の根源にある超越的存在のリアリティーを忘却し、死後世界から仏が姿を消す近代社会ではほとんど顧みられることがなかった。そのため、この著作はもっぱら国家護持を目指す政治運動の指南書として注目を集めることになるのである。

世俗的レベルにおける社会改造の論理としての『安国論』受容は、この書に関して、もう一つの本来とは異なったイメージを植え付ける原因になった。『安国論』は、もともと諸仏諸教を否定する法然の専修念仏の排他性を批判する書であった。まずは伝統仏教全体を復興させた上で、論議を通じてもっとも優れた教えを選択すべき、というのがその主張だった。しかし、近代においては、公権力の介入による日蓮の宗教の特権的地位の確保と諸宗の排除の要求という、本来とはまったく逆のイメージが定着していくのである。

かくして近代においては、『立正安国論』の根底にあった個々人の主体的な信仰実践と成仏の問題がしだいに視野から消失し、「安国」はもっぱら世俗的なレベルでの国民国家の安穏として把握された。そのため、「立正」を主導する権力者の役割が一方的にクローズアップされ、天皇の認可(勅許)や国立戒壇に関する議論が突出した。日蓮主義の運動は、ますますその政治的な側面を際立たせることになった。かくして、『立正安国論』が本来もっていた国境や民族を超越する普遍的側面は忘却され、過激なナショナリズムの書というイメージだけが独り歩きしていくことになるのである。

一見無関係に見える供養絵額と日蓮主義の運動はともに、人々が根源的な救済主としての仏と、その仏と同調しての成仏や仏国土成就の理想を共有できなくなった、近代という時代を土壌として生み出されたものだったのである。

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